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2012年1月24日 (火)

「私」‥4

さて今日も「私」を書いてみよう。
あの「徒然草」も典型的な「私」文章だ。世間のことを「私」が感じたまま書いている。
文字通り、徒然なるままに書いている。まあエッセーはみんなそうなのでしょう。
私もそのようなものとして書きたいと思っています。まったく拙いけれど。‥‥
さて、夢の中の「私」のことです。夢の中でも「私」は意識としてあるだけで姿は見えない。
いや、自分の姿を夢で見ると言う人もいるかもしれないけれど、私は「私」を見たことがない。
夢の景色をよく見ると、やはり自分が見ている周りの景色だ。これは覚醒している時の様子
と形が同じのように思われる。夢はやはり記憶をベースにしたものだからなのか。
しかし夢では理屈に合わないことも多い。特に時間の順番はまったくでたらめだ。子供時代の
夢に大人の知人が出てきたり、とうに死んだ人が最近の景色に入ってくる、などなど。
思うのですが、せめて夢なら夢らしく物の内側とか、人の心の中とか、未来の出来事とかの
普通は不可能な、非現実的なことを見たいものだ。
そして「私」とは何かが夢の中で見えたらすばらしいのに‥‥。
ある哲学者(故人)が、夢は起きた時に見るものだと言っています。
つまり夢の中では夢と気が付かないので、夢と分かるのは起きた時だと。その通りでしょう。
夢の中で「あ、これは夢だ」と思うようなことがありますが、それはその時(瞬間)だけ起きたの
だということです。‥‥もっと正確に言えば、夢とは起きた時に頭にあった(夢の)記憶です。
その限りで夢は起きた時に見るものだということです。上で述べたことも私が起きた時に見た
夢のことになります。そして起きた時の私とは、「私」が何かは分からない訳ですから、「私」が
何か分かった夢を見ることはできないということです。

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