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2012年2月12日 (日)

「私」‥10

前に「私」の認識は本能的なものかもしれないと言いましたが、うちの犬で実験ができないか
試してみました。そろそろ8歳になるパグ犬(メス)ですが、時々毛並みを整えるためコロコロ
(カーペットクリーナー)で背中や腹回りの毛を処理してやります。つまり脱毛するわけです。
毛並みを整えるというのは人間から見てのことで、犬にとっては自然に生え変わるのが一番
いいのでしょう。それだと居間中が犬の毛だらけになるので、先回りして(無理やり)脱毛して
やるのです。脱毛の間、犬は観念したようにジッとしてされるがままになっています。しかし
脱毛が終わって解放され、コロコロに付着した大量の自分の毛を見ると猛烈な抗議の声で
吠え立てます。‥‥「ワーン!あたいの毛なのになんてことをするんだ、キャンキャン!!」と私に
は聞こえます。つまり犬にとって「私」の毛であることを知っているのです。犬は抜かれた大量
の毛が自分と一心同体のものであることを本能的に理解していて、それが人間に奪われたと
知って怒ったのです。
私はうちの犬の反応に少し感心したものです。犬が「私」感覚をはっきり見せたことにです。
しかしこれは犬が意志を見せたというより、本能的振る舞いを示したという方が正しいでしょう。
例えば毛ではなく自分が産んだ子犬であれば、この本能的振る舞いはよりはっきりするでしょう。
そしてやや飛躍して言えば、これは生き物全部に共通で、「私」(ego)とは本能の世界に直接的
につながるもの、端的に言えば「私」=本能と言ってもいいのではないかということです。
すると、これまで言ってきました私の「私」が分からない状態とは、本能から遠ざかった状態、
あるいは本能を見失った状態なのかもしれません。
‥‥それは無意識のうちに「死」の世界へ近付いているのかもしれません。

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