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2012年2月16日 (木)

「私」‥13

バレンタインの閑話休題は終わって、また「私」に戻ります。
ここで「私」のことを肉体的に考えてみます。
「私」は頭のてっぺんから足のつま先までの私の体の中にあるものでしょうか。
私の全身は一枚の(と言うのが正確かどうか分かりませんが)皮膚で覆われていて、
その内側に「私」はみっしりと詰まった形で存在しているのでしょうか。
確かに「私」の内と外を皮膚が分けているとは言えるような気がします。ただ口、胃腸、
肺の中は内側とも外側とも言えます。体の中にある体の外側とも言えるからですが、これ
はまあいいでしょう。
私が生命体であるという意味では、この皮膚の内側が「私」であり、外側は外部世界です。
そうすると、この皮膚の内側に一分の隙もなく「私」がいるのでしょうか。
そうだと言ってよさそうな気もしますが、自分の人差し指を見てこの中に「私」がいると考え
ようとすると何か違うような気がします。叩いたりつねったりすると痛みを感じる点では間違
いなく「私」ですが極端な話、事故で指が切断され失われても普通は「私」が死ぬことはあ
りません。つまり指の先には「私」はいないと言えそうです。しかし、指の切断を止血せず
放置すれば失血死するでしょう。やはり命に直接つながっている点で指の先と言えどもそ
れは間違いなく「私」なのでしょう。
従って肉体的に考える場合は、「私」に関してはあまり疑問が生じることはないと言っても
いいかもしれません。肉体的とは本能的意味にも通じる側面がありそうですから、こどもが
精神的に幼い分、おとなに比べてより肉体的で本能に近い存在であり、「私」に疑問など
持たないと前に言ったことともつじつまが合うように思います。


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