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2012年2月16日 (木)

「私」‥14

「私」が分からないということは、やはり精神的なものなのでしょう。
肉体的に「私」が分からない、つまり自分の体が自分の体と感じられなかったら、それは純粋
の病気の症状なのですぐに医者に相談しなければなりません。階段から落ちたり、自動車に
当たったり、駅のホームから線路に落ちたりと、それは自殺にも見え、それこそ「死」に直結
する状態であると言えるからです。
そして、精神的に「私」が分からないことを悩んではいけないでしょう。本当に悩んだらそれは
ノイローゼであり、上で述べました病気と同じことになります。むしろ「私」が分からないことを
楽しむくらいがいいのです。‥‥「ほほう、不思議なことなんだなー」とか「これも人生の面白
さだな」とかです。あるいは、「この心境は誰かに教えてやりたいな」という感じです。私もこの
感じです。
私は哲学者ではありませんが、哲学者が書いた本を読むと彼らが哲学を楽しんでいるのが分
かります。いくら苦しそうに書いていても、いや、苦しそうに書けば書くほど楽しんでいることが
分かります。かけがえのない楽しさを発見して気も狂わんばかりだといっても大袈裟ではない
でしょう。怒るかもしれませんが、宗教の教祖の心理状態に近いと言ってもいいでしょう。
あるいはほかのものに例えますと、スポーツの中でも苛烈さで最右翼と言えそうなボクシング
の世界で、ボクサーは殴られることがうれしいそうです(直接聞きました)。はた目には恐ろしい
目にあっているとしか見えませんが、彼らは殴られてうれしく、もちろん殴るのもうれしいのです。
この気質に哲学者の気質はかなり近いと言ってよさそうです。‥‥
え?あなたもその気(け)がありそうだって?
イヤー、ハハハ、とてもそこまで行ってませんよ、残念ながら!

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