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2012年2月22日 (水)

「私」‥18

アリストテレスは「すべての人間は生まれつき知ることを欲する」と『形而上学』を書き始めます。
私も生まれてからずっと、あれは何だろう、これは何だろう、を繰り返してここに至っています。
そして今、私が一番知りたいのは「私」は何だろうということです。
子供の頃から知りたいことは、親、兄弟、学校の先生、友達、など教えてくれる人には事欠くこと
はありませんでしたし、そのうちに辞典も見るようになり、最近はインターネットという便利なものま
であります。昨年は入学試験を携帯でカンニングする事件が起きてしまいましたが。‥‥
しかし、「私」が何かを知る術はありません。誰も教えられない。私が自分で探るほかないのです。
そして、こんな科学に溢れた世の中でも、それが実は分からないということが無数にあります。
代表的なのは、「生命はどうして生まれたか」「宇宙の果てはあるのか」「時間の初めはあるのか」
から「魂はあるのか」「神はいるのか」などで、これらは昔からある大問題です。
しかしもっと身近なところに分からないことがたくさんあるのです。「私」が分からなければ「あなた」
も分からないはずです。「あの人」も「彼」も「彼ら」も分かりません。「私」との関係で成立っているも
のだと言いますが、「関係」とはそもそも何でしょうか。「関わり」だと言われてもピンときません。
分からないことが無数にあるというのは、一見分かっているようなことでも聞き方次第で分からなく
なるからです。科学の発達で分からないことが少なくなったという気がするのは錯覚なのでしょう。
以前は不明だったことが判明したといっても不明なことはさらに増えていますし、判明も不明が薄ら
いだ程度だったり、逆に新たな誤りであることもあるからです。

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