« 「私」‥19 | トップページ | 「私」‥21 »

2012年2月25日 (土)

「私」‥20

私は少し歳のことを大袈裟に言い過ぎているのかも知れません。
60歳が会社のリタイアーだったので、生活も急変し人生の大転換であったとかってに考えて
いるだけかも知れません。58、59、60、61、の年齢の区切りで60歳のところに人体上の特別
の変化が生じたわけではありません。それは昔から言う還暦であり、現在の多くの会社が退
職年齢と決めている年齢です。それで人生のケジメとして何となく納まりがいい歳だということ
に自分でも感化されてそうだと決めていただけだとも言えます。
私が本当は疲れ切っていてくたばりそうなのに、意地を張っているだけなら無駄なことでしょう。
さっさと隠居生活に入るほうが社会としても平穏であるのは間違いなく、静かにお迎えがくるの
を待てばいいということです。‥‥しかしどうあっても静かにお迎えを待つ心境にはならないとい
うのが正直なところなのです。ただ静かにはなりませんが、今までになかった、「私」とは何で
あるか考えるようにはなったのです(人生の反省を始めたつもりはありません)。
しかし、私と同年齢の者が皆そうかどうかは分かりません。どうも実態は人によりけりであるよ
うに思います。つまり長寿社会の老人の姿は多種多様な姿だということです。そして平均寿命
80歳とは、60歳前後で死ぬ者もいれば90歳代で死ぬ者も多くいるということなのです。
どうも今の社会制度はこの事態に追いついておらず、十把一からげの形のままです。そして
医療保険や年金制度はこれを踏まえなければ上手くいくはずはありません。物理的に人口を
増やせばいいというものでは決してありません。‥‥これは要するに政治の問題なので、ここ
でこれ以上言うのは控えておきますが‥‥。

« 「私」‥19 | トップページ | 「私」‥21 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1627554/44252594

この記事へのトラックバック一覧です: 「私」‥20:

« 「私」‥19 | トップページ | 「私」‥21 »