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2012年3月22日 (木)

「言葉」‥1

言葉とは、ものごとの意味を表す発音や字のことです。従って言葉に関わる五感(能力)
は主に聴覚と視覚ですが、発音能力も必要なので声帯、口唇、舌という器官も加わって
のものと言えます。人間は幼児期から大人(親)によってまず摂食動作の中で教えられ
ながら言葉を習得していきます。マンマやオッパイなどから覚えはじめるでしょうが、意思
表示という意味では泣き声も幼児にとっては言葉と言えるでしょう。
そして発育しながら五感を通じて知覚される自分の回りのものごとを指す(意味する)言
葉をやはり大人に教えられながら発音できるようになります。親であった人は誰でも知って
いますが、幼児は言葉を覚えるときに教え手の声と口に強く関心を寄せます。そうしながら、
どういう音がどういう口の形から出るのか、そしてそれが何を指すのかを何遍もの反復動作
によって知っていきます。つまり言葉を習得していきます。
そして幼児のこの発育過程、この体験の中にこそ人間の言葉による思考のタイプ(型)が
納まっているといっていいでしょう。思考のタイプはこれ以下でもこれ以上でもなくこれによ
って決まっていくと言っていいのでしょう。まだ数学や抽象的な概念は身に付いていないと
は言え、将来そのようなことを理解するようになる基本的な思考形態は原形的なタイプ(型)
としてこの時に具わると言えそうです。それは、よちよち歩きがいずれは走る能力を原形的
には既に示していると言えるのと同じです。ただしこの原形的なタイプ(型)が実際にどのよ
うなものか、例えば大脳の中の神経組織(ニューロン)にどう記載されているかはまったく解
明できません。解明するどころか、この謎は永遠に謎のままであろうと思われます。
ですから「原形的なタイプ(型)」と私が言うのも外形的な当て推量でのものに過ぎません。
逆に言えば外形的な当て推量が言葉によって可能なのだということです。少し話が飛躍
しますが、「言葉」の本質の一側面はこれだと言えます。つまり言葉は「ことがらそのもの」
であることはあり得ませんが、それを音や字として指し示す(意味する)ことが本質的な役割
であるということです。‥‥
「原形的なタイプ(型)」とはいわばブラックボックスです。中身を知ることは不可能です。最近
の技術で人間型のロボットが次々に作られていますが内蔵されている人工頭脳(コンピュー
ター)はこのブラックボックスとは程遠いものです。このブラックボックスを具えることは生命体
でなければできません。ロボットはあくまで人工的、機械仕掛けのもので、歩いたり発声した
りしますが、これを生命活動として行なうわけではありません。生命活動として振舞う機能は
まったくありません。犬型ロボットもどんなに改良しても本物の犬に優ることはできません。
それは本物の犬は「ことがらそのもの」ですが、ロボットは「言葉」だと喩えられるからです。

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