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2012年3月16日 (金)

「私」‥29

このブログを始めてから気付いたことですが、私は自分で驚くほど自負を持つようになった、
というか自負が高まったと思います。これは何故でしょうか。私がサラリーマンをリタイアし
世間との交渉が大幅に減ったため、井の中の蛙になったということなのでしょうか。
‥‥そうではなく、これはブログで自分の考えを表わすことに伴なって起ったことのように
思われます。
いったい自分の思うことを書き表わすということが、純粋に謙譲の気持ちだけで出来るもの
でしょうか。本当に謙譲な性格であればそもそも人に見せるために書くという行為はしない
のではないでしょうか。仮に書く内容が自分の欠点、失敗、悪事ばかりのいわゆる告白で
あっても、それを他人に読んでもらうことを意図しなければ出来ないわけで、この意図は謙
譲ではなく間違いなく自負です。私が知っているあなたの知らないことを伝えましょう、とい
う動機というものは自負がなければとても出てくるものではありません(と言い切るところも
自負ですが‥)。
しかし、自負だらけの文章は読んでも腹が立つだけでしょうが、謙譲だらけの文章も気持ち
が悪くて読めないのではないでしょうか。そうすると、その中間に位置して自負と謙譲が程
よくミックスされたものが人が読んで心持がよい文章ということになるのでしょう。確かに高
名な作家の書いたものは皆そうです。
例えば漱石の「吾輩は猫である」で言えば、内容は自負で充ち充ちていますが、それを語
るのが猫であることが限りない謙譲の形となっていて、世にもまれな自負と謙譲のブレンド
の風合いが出てあの名作に仕上がったと言えます。もしこれが猫の主人である苦沙弥先
生かあるいは「私」という人間が語る文体であったら、それも名作かもしれませんが、ずい
ぶん厭味なものだったのではないでしょうか。
‥‥ところで私は「私」をすでに28回もやっているのはこれはこれでずいぶん厭味かもしれ
ず、自負などと言う前に大いに反省しなければならないことだと思っております。‥‥

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