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2012年3月26日 (月)

「言葉」‥4

「言葉」の定義を、生物種の個体間における感覚受容器官を使った情報の伝達動作と
すれば、人間だけが言葉を持つとは言えないことは明らかです。哺乳類や鳥類の鳴き
声、セミやコオロギなど昆虫の鳴き声も言葉ですし、ある種の昆虫がフェロモン(臭い)
や紫外線(反射光)を触覚や複眼で捉えることも言葉の活動に該当し、植物の花を経
由した受粉活動も広い意味では言葉でしょうし、結局のところすべての生物が何らか
の形の言葉機能を保有していると言っていいでしょう。それがなければその生物種の
存続が不可能であるとも言えます。
「言葉」が何であるか考える上で、生物の同一種の固体間での情報伝達機能の点に
こだわる限りそう言う以外にないのです。それは最終的にはDNA遺伝子の情報伝達
にまで直結し得るものと言っていいかもしれません。
では人間の言葉と他のすべての生物種の言葉とを決定的に分ける点は何でしょうか。
それは人間の言葉だけは(特に文字言葉は)生得的(先天的)に具わっていたのでは
なく人間が創り出したもので、それを改造・改変できる点だと言えます。
言い換えれば、人間の言葉だけは本能に制約されないものになっているのです。他の
あらゆる生物種が使う言葉はすべて本能に基づくが故に本能に制約され、自分で言葉
を創り変えることなど出来ず、いわば言葉自体が本能のようなものです。人間も単に発
声(発音)するだけならそれは本能でしょうが、自らの声を細かく規則づけ、区分けし、
記号化し、一つひとつに意味を与えました。つまり「言葉」の創造です。身の回りのもの
ごとに対して音声記号を付したのです。
やま(山)、かわ(川)、ひ(陽)、ひ(火)、あめ(雨)、き(木)、くさ(草)、つち(土)、みず
(水)、いぬ(犬)、しか(鹿)、さる(猿)、うお(魚)、とり(鳥)、て(手)、あし(足)、あたま
(頭)、あるく(歩く)、はしる(走る)、はなす(話す)、おこる(怒る)、よろこぶ(喜ぶ)、し
ぬ(死ぬ)‥‥など身の回り全般のことに対し長い時間をかけながら名辞をつけていっ
たのです。ほかでもなくこれは人間の知性のなせる技です。
生物学的には知性活動も大脳の生理的反応と見れば本能の範疇のものかも分かりま
せんが、ここでは常識に従って知性を本能の対極にあるものと位置づけておきます。
知性は生得的なものではなく、後天的に学習により具わるものと考えるのです(しかし
学習能力は生得的なものかもしれませんが)。実際上は人間は知性によって言葉を創
造したのか、言葉の使用が知性を発達させたのかは解明できることではないでしょう。

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