« 「言葉」‥7 | トップページ | 「言葉」‥9 »

2012年4月 3日 (火)

「言葉」‥8

今度は言葉と感覚と思考の関係について考えてみましょう。
先般より体の五感のことをしばしば述べましたが、これは言うまでもなく視覚、聴覚、味覚、
嗅覚、触覚の5つの感覚のことです。この他にも説明できない感が働く時それを第六感など
と言います。第六感は別にして、五感は生得的に具わっているという意味で本能(本源的
能力)に相当するものです。つまり感覚は人間にとって言葉よりはるかに古い、人間が原生
動物であった頃にまで遡りうる本源的な生体機能です。
地球上のあらゆる生物はこの感覚によって、感覚に従って、言うなれば感覚の命ずるまま
に生きているといっていいでしょう。人間とて例外ではありません。いや、私はそんなに無自
覚に生きてはいないと仰るかもしれませんが、つまり無自覚=無考えのことで私はいつも
考えながらやっていると仰るでしょうが、自覚とは自ずから持つ感覚のことです(語呂合わせ
ではなく)。どうあがいたところでどのみち感覚に頼り、感覚が基本となっています。
それなら思考と感覚の区別はないのでしょうか。前回、思考は(観念、概念も)本質的に言
葉だと言いました。思考は言葉だけの素材でできていて、言葉以外のものはまったく入って
いません(もちろん図形記号や数字も言葉です)。そして言葉とは人間が自分の身の回りの
ものごとに対して付した音声が原初的なものとなって生まれました。見たり聞いたり味わっ
たり嗅いだり触ったりしたものごとに対して、つまり五感で得た感覚に対して音声記号を当
てることを仲間と共有していくなかで言葉が生み出されました(それをことがらの言葉の喩え
とも言いました)。そしてこの言葉が思考のタイプ(型)となり、思考そのものになったというこ
とでした。要するに言葉の誕生経緯を探っていくことによって、感覚→言葉→思考というシン
プルな形の関係が描かれるといっていいでしょう。
ではこの関係のスタートラインに立つ感覚とはそも何なのでしょうか。‥‥
結論から言いますと、現在のところこれは不明とされています。この問題は最近の言い方で
「クオリア(感覚の質感)」と呼んで、“世紀の謎”にまつり上げられています。哲学者、心理
学者、脳科学者etcの人たちが渾然一体となってアタックするもなかなかはかばかしくいって
いないようです。
‥‥どうもシロウト目には、感覚の質感(=感覚)などと言葉の二つ重ねは、第六感と同じく
ジョーク以外の意味があるのかと思えてくるのですが。

« 「言葉」‥7 | トップページ | 「言葉」‥9 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1627554/44732639

この記事へのトラックバック一覧です: 「言葉」‥8:

« 「言葉」‥7 | トップページ | 「言葉」‥9 »