« 「言葉」‥27 | トップページ | 「言葉」‥29 »

2012年6月 5日 (火)

「言葉」‥28

「言葉」のテーマとはいえ、また身の上話のようなことを言ってみましょう。
いつの頃からか私の声が相手に聞き取りにくくなって来ました。相手とは会社の職場仲間だったり、
友人だったり、家族だったりでしたが、会社をリタイアした最近はもっぱら家族、特に息子と娘です。
「オヤジ、何を言ってんのか分かんないよ」とか「え、え~?ゴニョゴニョだって!」と聞き取れない声
の部分をマネて冷やかすのです。これはつまり私の声に力がこもらずテンションが下がって、相手に
はっきりと声が届かないということです。「腰が抜けてしまう」と言いますが、「声が抜けてしまう」と言
えばちょうどぴったりの声なのでしょう。自分では分かりませんが。
これは実は20年くらい前に会社の上司に私が時々感じていたことでした。当然仕事の上での話でし
たが、ある部分が「ゴニョゴニョ」と聞こえてしまうのです。最初のうちは、「え、何でしょうか?」ともう
一度発言を促すような返事をしていたのですが、これが度重なると、上司に対してのことなので何度
も聞き直すことはしなくなり、よほど重要なことでもない限り「はあー、そうですね」と話を合わせて、聞
き取れなかった言葉は適当に推量して済ませていたものです。実際、重要なことをいくらなんでも「ゴ
ニョゴニョ」と言うはずもなかったからです。
‥‥それにしても、「落ち着いた声」というのは、これは話す内容が相手にしっかり伝わった声が落ち
着いているのです。これに対し「抜けた声」とはいわばストンと落ちてしまって相手に届かない声なの
です。それは独り言のような声だと言えるでしょう。そしてこのこと(声が抜けていること)は自分では
気が付かないのです。
何故このようなことが起こったのか考えてみますと、それは会社での声(よそ行きの声)と家での声
との使い分けの習慣に原因があるのではないかと思います。家での声は緊張のない安心し切った
声であり、これは誰でも無意識にそうなっているはずです。家に帰ってからも会社での声を出してい
れば自分も家族も寛(くつろ)げなくなってしまいます。つまり家に帰れば声のテンションが下がるの
は自然なことなのです。これが私のような人間はある年齢に達すると、この使い分けの落差が極度
に大きくなり、普通の話し方をすると「声が抜け」てしまい、怒ると(怒りっぽくなってもいて)必要以上
に声が大きくなるのです。
こんなわけですから私は周りの者(今は家族ということになりますが)にとって誠に始末に負えない人
間だということになります。そしてこれに対しては、私が自分で意識してゴニョゴニョ話さないように気
を付ける以外にないことなのです。その訓練のため例えば声をはっきりと出しながら散歩するのもい
いでしょうが、これは何か勘違いされそうな気がします。
‥‥そして最近試みにやってみたことが一つあります。それはカラオケで歌うことです。それもセリフ
入りの歌が特にいいようです。これを費用の許す範囲で、飲み過ぎないように、しばらくやってみよう
と思っている次第です(これは実験ですからマネはお奨めしません)。

« 「言葉」‥27 | トップページ | 「言葉」‥29 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1627554/45533606

この記事へのトラックバック一覧です: 「言葉」‥28:

« 「言葉」‥27 | トップページ | 「言葉」‥29 »