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2012年7月17日 (火)

「顔」‥10

先日横須賀の軍港めぐりに家人と行ってきました。45分程の時間で横須賀港に停泊している米軍
と自衛隊の軍艦(この日は潜水艦も含め計15隻程が停泊)を遊覧船で観船したのです。軍艦に乗
船はもちろんできずせいぜい200m余りの近さから眺めるものでしたが、初めてということと、ガイド
さんの親切な説明もあり、感心する点もありました。
国の「顔」に当たるものは幾つも数えあげることができます。まず、文字通りの日本人の「顔」、その
日本人が話す「日本語」、日の丸の「国旗」、君が代の「国歌」、政治家の代表「総理大臣」、国事の
祭司「天皇」、経済という意味で「日銀総裁」や日本の「国債」さらに通貨「円」、スポーツ選手やスポ
ーツチーム、文化や技術もそうかも知れませんので、その意味では「イチロー」、「なでしこジャパン」
や何人ものノーベル賞受賞者達もそうでしょう。まだ他に思いつくものもあるはずです。
そして軍隊(軍事力)は間違いなく国の「顔」です。その中でも軍艦は近代国家のシンボリックな「顔」
の一つだったのです。これは(この議論の)好き嫌いにかかわらず認めざるを得ない事実でしょう。
さらに、今さら自衛隊は軍隊ではないなどと言う人はいないでしょう。
日本の「顔」とは、ある意味では日本人だけが決めるものではなく、周りの外国人が「あ、これは日本
だ」と決めるものでもあると言えます。つまりそれは一般的な「価値(評価)」と同じで絶対的なものと
言うよりは相対的なものだと言えます。従って上にあげた色々な日本の「顔」の価値も、日本人自身
が思う価値と外国人が思う価値とが大きく異なることが少なくないのが現実でしょう。
ここで批判を覚悟で私の意見を言えば、日本の軍隊の「価値」は日本人が思うより大分低く、政治家
の価値はどん底を這っており、技術・文化・スポーツは内外の評価に差はなく、経済(特に「円」)は
日本人には不思議なほど外からの評価が高い、ということだと思います。「日本語」や「国旗」「国歌」
「天皇」のまともな評価というものは内でも外でも今まで聞いたことはありません。
私は最初の二つ、軍隊と政治家を今すぐ立て直せと言うことが実はできません。そもそもこの二つは
離れがたく結合しているものです。政治=軍事は人間の有史来変わることのない法則なのですが、
この法則から意識的に目を逸らしてきたのが戦後67年の歴史であり、今に至る社会、経済、文化、
技術等の成果はこの経緯と切り離しては考えられず、自分もその中にどっぷり浸かってきたわけです
から、これに異議を唱えることが自己矛盾(自己否定)であり、いわば天に唾すればそのまま自分の
顔に落ちることを知るからです。
私は今さら自分の内側と外側の生活環境を変えることに憶病なのかもしれません。これを初めからや
り直せと言われたら何とも言いようもなく気が重く億劫な心持となる予感はかなり強くあります。何故
ならこれは日本社会に強く根付いた「本音と建前」の矛盾を断ち切れということに他ならないからです。
‥‥そしていまの政治家は与野党を問わず同じ精神状態なのではないかと危惧します。彼らとて、
私と同じ社会的環境(生活環境、教育環境、世論環境)で育ったことは間違いないからです。

<白っぽいのが米国の、黒っぽいのが日本の軍艦(潜水艦も)です>
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