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2012年8月

2012年8月29日 (水)

「顔」‥18

今回は単純に山の顔です。



8月26日に南アルプスの仙丈ケ岳に登りました。7月から予定していたのが天候不順で

順延になり3度目の正直となったものです。夜明け前に北沢峠のキャンプ場を出発し3

時間半ほどかけて、8時に登頂できました。

南アルプスの女王の名にふさわしく吸い込まれるような山貌です。

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反対側(東側)には雄大な北岳がそびえ、その向こう遠くに富士山も見えました。日本の

高峰No1、No2です。この次来るときは北岳か甲斐駒ケ岳に登ろうと誓いました。

Photo

その甲斐駒ケ岳が北岳の左側に見え、いつでも来いと言わんばかりのごつい山貌で

立ちふさがっていました。手前は小仙丈ケ岳。

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その周りにも美しい山並みの眺望がひろがっていました。

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2012年8月23日 (木)

「顔」‥17

「顔」のテーマと国境紛争は本来まったく関係ありません。たまたま日本近海

で騒がしいことが起こったので私の思いを言ったまでのことです。エッセーと

はこんなものでいいと思います。人生も終盤に入った60才台の人間にとっては

世の中で何が起きようとも本音の本音のところでは「まあ、なるようになれば

いいだろう」という点は多かれ少なかれあります。それなら無責任な大口をた

たくなと言われそうですが、口があるうちに言いたいことは言っておこうとい

う気持ちもあり、この期に及んで言うのを我慢したり、心にもないことを言う

のはまっぴら御免だという思いが強いのです。いっそ真夏の夢のようなことを

言ってみましょう。

‥‥何といってもいまだに日本を実質的に牛耳っているのは60才代です。この

世代が政界のトップ、企業のトップ、さらには文化や芸能の分野の色々な場面

・局面で、相談役、顧問、いわゆる「顔役」の立場で大御所面(づら)して鎮

座しているではありませんか。これは同世代の私の感覚から言えば不思議を通

り越して異常だと言えます。人間の能力としてはピーク時の56掛け(良くて

7掛け)程度に落ちている者が指導者である社会は文字通り黄昏の社会であり、

不幸な結末が間近に迫っている状態であるといっていいでしょう。すでに目に

見える事実として、日本の社会全体の運営が硬直化をきたし勢いが失われ、停

滞感・閉塞感が漂っているのは疑いありません。戦後の民主国家、いやもっと

さかのぼって明治維新の近代化が目指したのが今の世の中の姿・形だったのか

もしれません。欧米先進国を目標とし、追いつき追いこせとがむしゃらにやっ

てきた結果、世界で屈指の長寿国となり、一人当たりのGDPもトップクラス、

世界に冠たる国民皆保険・福祉国家と喧伝されています。一見文句の付けよう

はないかに見えます。しかし冷静に今の状況を振り返って見た時、すでに日本

はあらゆる分野でピークアウトしてしまったことが分かります。上昇が期待で

きるものはほとんど残っておらず、どの分野も遅かれ早かれ下向きに変わろう

としています、いやすでに下降し始めています。これを文明の栄枯盛衰の宿命

と言ってしまえば反論の余地はないかもしれません。

ならば日本はあとは座してゆっくり死を待つ以外にないということなのでしょ

うか。これも考えてみればおかしな考え方です。国が亡ぶとは国が消滅するこ

とで、その国民が存在しなくなることです。確かに日本は長期的に見て(今後

100年程度で)人口は78,000万人の水準まで減少しそうですが、ゼロに向かっ

ているわけではありません。これでも明治の初期が約3,500万人ですからその倍

以上の人口です。明治から100年かけて3倍になった人口がこれから100年で2

程度まで減少するということで、このこと自体は穏当なことでしょう。一国の

人口は永久に増え続けるものではなくどこかでピークを打ったあと減少してい

くのはごく自然な現象です。私はこのことを大騒ぎする最近の風潮がどうかし

ていると思います。世界中の国民が人口増加を望み続けたらその行く末こそ大

惨事が到来することは誰でも理解できるはずです。日本のリーダーと呼ばれる

人たち(政治、産業界、官僚、学会等のトップ層)は知ってか知らずか、日本

の経済成長は人口成長と不即不離のものとしてこの大騒ぎの音頭取りをしてい

ます。「子ども手当」などという愚かな政策までやる始末です。これこそグラ

ンドヴィジョンを欠く、行き当たりばったりの、ノーアイデア施策の典型です。

社会政策、経済政策、外交(軍事)政策はみな似たり寄ったりの有様で、これ

は上で述べた社会運営の硬直化の表れに他なりません。このリーダー達に「あ

なた達アンバイ悪いからもう辞めてくれ」と言っても引っ込もうともしません。

具合の良い「天下り先」を充ててやってやっと引退するだけです。

では一挙にリーダー世代の若返りを図ればいいのでしょうか。それは最低の必

要条件で、それだけで十分ではないでしょう。仮にリーダー全員を30才台~40

才代に交代させても彼らも「ノーアイデア」癖が身に備わっています。人間は

一度浸った「習慣」を捨てるのは非常に難しいものです。特に「楽」から「苦」

へ自発的に変更することはほぼ不可能と言っていいでしょう。従って、本当の

変革はまだ「楽」を味わってない幼児もしくはこれから生まれてくる世代ので

きる仕事であるというのが至当でしょう。ですから社会が変わるのは(変える

ことが必要だとして)まだ少なくとも30年~40年先のことだということになり

ます。しかもそれはこれからの若返りリーダー達がエゴでなく(真のリーダー

への)繋ぎ役に徹してやっとできることなのです。

‥‥何かため息が出てきそうですが、実際上その位の時間スパンを考えなけれ

ばならないでしょうね。 

<真夏の花ヤマユリ、ノウゼンカズラ、ヒマワリでもご覧ください>

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2012年8月20日 (月)

「顔」‥16

今回の竹島、尖閣の問題に対して虚心坦懐に言わせてもらえば、これは日本の

領土に対する外国からの侵入であり、基本に則って対処すべきであるというこ

とです。こういうことはグズグズすればするだけ問題がこじれるだけです。

国境というものは、歴史的・政治的な経緯で決まっているものです。自然法則

により客観的に定められたものでは決してありません。現在の日本の国境は第

二次世界大戦の日本の敗戦により定められたものです。これに対する異論は原

則的にあり得ず、もしあれば当事国間で話し合い交渉(外交交渉)するという

ことになるはずです。この手続きなしに異国の人間が侵入すればこれに対して

国境侵入として対処しなければならないのは当然のことです。国によっては侵

略者を直ちに射殺することも少なくありません。そのまま放置すれば国境が国

境でなくなり、国土としての領有権を失うことになるからです。

今の野田政権がどう対応するのか私達国民はしっかりと見届けなければなりま

せん。私達が選んだ政権代表者がこの基本原則を執行する能力がなければ直ち

に交代してもらわなければならないからです。国体を護持することは政治家の

最大の任務だからです。これができなければ政治家の存在理由はないのです。

今回の一連の出来事は外国による「日本いじめ」と言えばいいものです。これ

は国内問題の「学童いじめ」と同じと言ってもいい側面があります。遊びの類

としてきちんとした対応をせず放置すれば段々とエスカレートし、やがて取り

返しの付かないことが起こってしまう点がまさに同じでしょう。国境問題であ

れば戦争の勃発ということになります。

では今後どのような対処をすればいいのでしょうか。竹島、尖閣が日本の領土

であることを明確に表明する方法は同島に自衛隊を駐屯させることでしょう。

自衛隊がその名の通り我国領土を自衛するということです。これはかつてアフ

ガニスタンやイラクに自衛隊が派遣されたこととは意味がまったく異なります。

国内のどの場所に自衛隊が駐屯しようとも外国からそのことに非を唱えられる

云われはありません。外国からの我国領土への諍い(我国に対するいじめ)に

対する対処方法の明確な表明なのです。もちろんこの対処方法を取ると同時に

対外的(対国連、対米国、対アジア諸国)に我国の態度に非がないことを強く

アピールすることが必要です。当然、当事国(韓国、中国)から反日キャンペ

ーンが予想されるからです(すでに始まっていますが)。しかし外交に全力を

傾注してこれを実行することにより「日本いじめ」は影を潜めるでしょう。

逆にここまでしない限り同じ事件が繰り返され、しかも一層エスカレートして

いくということです。

このことの実行は日本の軍国主義化でも右傾化でもまったくありません。独立

国として果たさなければならない当たり前の義務なのです。戦前のように軍事

力を背景に大陸や東南アジアに領土を拡張しようとした意図とはまったく次元

の異なるものです。この当たり前の義務を義務と認識する能力を見失ったのは

すでに半世紀にわたり日米安保にどっぷり浸かってきた実績のなせる技といえ

ば間違いないところでしょう。このぬるま湯の風呂(見かけ上の平和)にいつ

までも入っていられると思うのは単に錯覚なだけだったということです。とに

かくこれは大人として(独立国として)半人前なのだということにもう気が付

かなければならない時期が来たということです。日本人が気が付かなくても外

国が(今回は韓国、中国が)結果的に気付かせてくれたと解釈できます(もち

ろん親切心からではありません)。

「平和」は天然・自然に存在しているものでは決してなく、自分でそのコスト

(対価)を払ってようやく成り立つものだということです。このように言うこ

とに対してどのような反論があり得るのか、あれば聞きたいものです。

 とかく拙速を恐れて巧遅に陥ることを繰返してきたのがこれまでの政府の姿勢と言

えますが、そのメリットとデメリットを真摯に判断出来ていたのでしょうか。

2012年8月12日 (日)

「顔」‥15

ところでプルーストの「失われた時を求めて」の重要なモチーフが「性的倒錯」であることは間違
いないことでしょう。普通は扱いにくいテーマだと思われるのですが、この長編小説においては
「ソドムとゴモラ」という直接的に取扱った箇所に限らず、これが鬱然とした通底音の役割を果た
しています。主人公の「私」は性倒錯者ではありませんが、保養地バルベックの海岸での出会
いがきっかけとなりやがて恋人となったアルベルチーヌが同性愛者ではないかという疑惑に終
生「私」が苛まれたり、傲岸な貴族シャルリュス男爵が実は同性愛者であったこと、作曲家ヴァ
ントゥイユのバイオリン奏者の娘が同性愛者であったこと等々はこの小説の重要なモチーフです。
これはプルースト自身が同性愛者だったことのなせる技であると言えるでしょう(日本の小説で
言えば三島由紀夫の「仮面の告白」や「禁色」におけるモチーフと同じです)。
そしてこの長編小説の基本構成は、主人公「私」の子供時代を起点とする膨大な回想録である
ということになっています。この小説のタイトル「失われた時を求めて」はまさしく回想録であるこ
とを示していますが、しかし「私」ではないスワンが主人公となったり、「私」が現場にいるはずが
ない場面が延々と語られたりするなど、この基本構成の上から矛盾する箇所がいくつも出てくる
のです。だが回想録とはいえこれは創造作品であり、多様な登場人物の内面を「私」が語るとい
う文体では描けないのが当然であって、これは作者のプルーストが意図して行なったことである
のは疑いありません。
そしてさらに、人間の「感性」の問題こそがこの小説の本当の(影の)主人公だったと言えるので
はないかという側面があります。主人公「私」が過去を想起していく中でいつも必ずその重要な
契機となるのは視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚にまつわる記憶なのです。いわばこの五感の記
憶を頼りにこの回想録の全体ができあがっているからです。いったい人間の五感がこれほど総
動員された小説を私は他に見たことがありません。いくつか例をあげてみますと‥‥冬の日に
母親がだしてくれた紅茶に浸したマドレーヌの味、家族との散歩の道すがら初恋の相手ジルベ
ルト(スワンとオデットの娘)に出くわした時の道端のサンザシの花の匂いとジルベルトの黒い瞳
の眼差し、スワンが貴族のサロンで聴くオデットと親しくなるきっかけとなったヴァントゥイユのソナ
タの小楽節、バルベックのホテルでの会食時のスプーンの音、「私」が敬愛する作家ベルゴット
が瀕死の病態で見るフェルメールの絵画「デルフトの眺望」の描写、馬車から見たサン・チレール
の鐘塔の遠景、何くれとなく「私」の顔や腕に触れるシャルリュス男爵の手の感触、‥‥これらは
みな感性的な素材であり、これらの記憶を手繰りながら話が構成され展開していくのです。
そしてそれに伴っておのずとこの小説のもう一つの影の主人公である「時間」の問題が透かし彫
りのように立ち上がってくるのです。「失われた時」とは過去の意味です。さらに想起とはその過
去を現在に活き活きと蘇えらせること、そして「時間」という事実はそういった手続きを重ねていく
仕方以外に把握しようがなく、その場面で(小説を含む)真の芸術の果たす役割の重さをプルー
ストは強調しているように思えます。これは作中でも所々で引き合いに出すカントの哲学の時間
概念(時間とは感性的直観の形式・条件であって直接知覚はできない)を多分に意識したもので
あると言っていいでしょう。
そしてこのように「感性」と「時間」を影の(真の)テーマとした哲学的命題を孕むものだったからこ
そ(作者の死により構成的な未整備が残りながらも)、結論を見出すことが本質的に困難なテー
マにプルーストが生涯を賭して挑んだ畢生の大作として完結していると言うことができます。
(もちろんこれ以外に、19世紀後半のフランス貴族社会の風景、その貴族から召使までの周辺
で使われる言葉=「言語文化」の問題、ドレーフュス事件を題材とした西欧世界の「ユダヤ人問
題」といった様々な重要なモチーフもこの長編には盛られていて、これらを簡単に纏めるのは不
可能なことです)


<インターネットから取り出したフェルメールの「デルフトの眺望」です>

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2012年8月10日 (金)

「顔」‥14

「顔」に関わる美学的判断力について話してみます。これはそもそも難しいことなので、恋愛に
絡む小説で説明するのも一つの方法かもしれません。
かのプルーストの大長編「失われた時を求めて」の初めの方に「スワンの恋」の部があります。
ここではスワンが恋したオデットについての面白い独特な描写がありますが、簡単に美人だな
どとは書きません‥‥「彼女はスワンの目に、なるほど美しくないわけではなかったが、どうで
もよいような種類の美人、さっぱり彼の欲望をかき立てず、一種の肉体的嫌悪感すら起こさせ
る美人‥‥<中略>‥‥頬骨はでっぱりすぎ、顔立ち全体がやつれているように見えた。目は
美しかったが、自らの重みでたわんでおり、顔のほかの部分はこの目のために鬱陶しく疲れて、
いつも具合の悪そうな、あるいは機嫌の悪そうな様子をしていた」と、こんな調子で描かれていく
のです。ほかの箇所でもオデットを醜く描く部分には事欠かず、読者にこれで恋愛小説が成り立
つのかと不安にさせるくらいなのですが、しかし読み進むうちにスワンがオデットに溺愛していく
プロセスにまったく不自然さを感じさせないのは、人間心理の機微を知り尽くしたプルーストの作
家的センスと言う以外にないのでしょう。
これを示す技巧の一つに、オデットのある表情がボッティチェリの描いた壁画「モーセの生涯」の
中の娘チッポラに似ていることにスワンが気が付くという下りがあります。実際のこの絵の中で
はほんの小さな部分にすぎず、しかもこれが美人顔と言えるかは大いに疑問も出そうであるに
もかかわらず、スワンの中では連想が連想を呼び起こし、オデットを自分にとって他に代えがた
い美人に創り出していってしまうという心理経過を描写するのです。普通なら不美人の根拠とも
なる容貌の特徴が、いつの間にか逆に惚れた者の弱みか美点となっていくのです。これを「蓼
食う虫も好き好き」と評したのではこの名作を理解できないことになります。最初から最後までこ
ういった感性が貫かれてこの大長編は書かれているからです。やがて後の部で描かれる、スワ
ンの妻に収まったオデットがパリのシャンゼリゼ通りをゆったりと散策していく描写に“絶世の美”
の感想を誰でも抱くのではないでしょうか。
ちなみにボッティチェリと言えば有名な「ビーナスの誕生」の絵があり、そのビーナスの顔を喩え
にしてもよさそうなのに、誰も気が付かない(と思われる)チッポラを使うのです。私が読んだ本
のカバー絵にはチッポラの顔の部分が描かれていて、不思議なことに、読み進みながらこの絵
を何度か見返していくうちにチッポラが喩えようのない美人に見えてきたものです。
インターネットから引っ張りだしたボッティチェリの絵を添付しておきましょう。
‥‥とにかく私には、人間の感性において答えの無い「感覚の起源の問い」にまつわるあるヒ
ントをこの作品全体が暗示しているように思えるのです。あの実存主義哲学者サルトルがこの
小説に触発されて哲学的処女作「嘔吐」を著したというのは納得のいく話です。

<壁画「モーセの生涯」と中央のチッポラの顔の部分です>
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<「ヴィーナスの誕生」とヴィーナスの顔の部分です>
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