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2012年9月18日 (火)

「性格」‥3

 血液型による「性格判断(診断)」というものがあります。一例をあげれば、A型は生真面目で一途、B

型はマイペースで気分屋、O型はお人よしで面倒見がいい、AB型はシャープでちゃっかりしている‥‥と

いう具合ですが、これが日本では根強い人気があります。

 日本ではというのはこんな性格判断を会話のネタにしているのは日本だけらしいのです。物の本によれ

ば、外国でうっかり人に血液型を尋ねたたりしたら正気扱いされず、訴えられる恐れもあるのだそうです。

つまり血液型は外国では極めてクリティカルな(重大な)個人情報(遺伝情報)と位置付けられ、おいそ

れと口外するものではないというのです。ところが日本ではこれが逆で、他人との最も害のない会話が血

液型のネタ話なのです。なぜ害がないのかといえば、この血液型による「性格判断」を誰も厳密には信用

しておらず、また内容的にシリアスな側面がなく冗談話として許容しているからです。さらに日本ではA

型からAB型までには比較的はっきりした分布格差があるものの、1%未満であるような極端な少数派はな

く、どの型でも身近なところにいるからでしょう。私は血液型の「性格判断」に関していえば、日本では

献血の慣行もあり、血液型の公開くらいのことに目くじらを立てる理由はないと考えられており、これは

外国よりも日本のほうが科学的事実を踏まえていてバランス感覚的にも優れているように思います。

また、これもよく聞くことですが、外国(特にキリスト教国)では公の席で「宗教」と「政治」の話

はタブーだというのがあります。これは地中海を取り巻く西洋地域では2,000年以上の昔から宗教と政治

が混然となって文字通り血みどろの戦争を繰り返してきた歴史があり、現在も続いているという事情があ

るからでしょう。日本では「宗教」に対しては開放的で仏教内でも宗派の違いを今はとやかく言いません

し、同じ人が結婚式を教会であげ、正月には神社にお参りをし、お寺で葬式をすることに特にこだわりを

持ちません。「政治」に関しても、特に酒が入れば皆が持論を語り「義憤(ケシカラン話)」のオンパレ

ードになります。せいぜいオカルト的新興宗教に眉をひそめる位のものです。

ともかく日本では、統計的根拠もなく明らかに因果関係もない血液型による「性格判断」が人気があ

り、まず当分下火になりそうにありません。

 個人を特定する重要な要素である「性格」を血液型に絡めて冗談話にも扱ってしまうというのは、それ

こそどういう「性格」からくるのでしょうか。‥‥それは、以前述べましたように「性格」とは「顔」、

「名前」と一体になった個別の人格に付着した抽象的なものだからではないでしょうか。目に見える形と

して把握することができないため、また「変わらないようで変わり、明確なようで曖昧なもの」であるた

めオブラートに包んで語る以外にないものだからではないでしょうか。

現代の心理学や脳科学によって「思考」の仕組みの解明が進んでいるわけではありません。それどころ

か、いよいよ究明不可能な「永遠の謎」として確立されつつある観すらあります。「思考」と「性格」

は表裏一体のものでしょうから「性格」の解明も永遠の謎ということになります。いかに科学が発達し

ても解決できない事はいくらでもあります。最も代表的なのは「未来の予測」ですが、「性格(思考)の

解明」もトップクラスのテーマなのです。それであれば「性格」を冗談話の世界に置くというのは決して

間違った態度ではありませんね。

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