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2012年9月23日 (日)

「性格」‥4

 「性格」はオブラートに包んで語る以外にないものと述べましたが、それは他人に対する「気遣い」や

「敬意」だけでそうしているのではありません。「性格」は顔つき、骨格、声のように視覚、触覚、聴覚

といった感覚器官に直接訴えるものというより、会話を中心とする対面的「やりとり」によって自分の頭

の中に映じてくる相手の人間の心理的イメージ(象形)です。それは話し方、聞き方、笑い方、怒り方、

泣き方等の「反応の仕方」全体で形作られたものです。イメージですからその輪郭は明瞭な場合もあれば

そうでない場合もあるでしょう。相手と対面するシチュエーションは一定しませんから、対面する度に相

手の反応は多かれ少なかれ異なり、イメージは固定的なようでいて絶えず変化するものです。しかしその

変化の中に相手特有のパターン、癖がありこれがまたイメージに加わります。そしてこうして累積された

相手のイメージ全体を「性格」とみなしているということになります。こういうと「性格」は受動的に作

られるもののように感じられるかもしれませんが、あくまで自分の中の能動的な働きによって作られるも

のです。日常的な生活体験の中で試行錯誤しながら自分が描き上げていくものだといえます。

 またそのように相手の「性格」を描くときそれは同時に自分の「性格」も描いていることになるといえ

るでしょう。まさに絵の喩えでいえば、自分が描いたAさんの似顔絵は他の誰が描いた絵でもなく自分の

絵(作品)であるというのと同じです。絵の描き方に個性が表れるため、第三者が見れば「ああ、これは

あなたが描いた絵ですね」とすぐに分かるということです。その結果、相手の「性格」といってもそれ

は自分と相手との相互作用のもの、あるいは共同制作のものに位置付けられるといえそうです。従って私

達は誰でもこのことを非常に慎重に、かつ念入りな仕方でやるはずです。なぜならこれはいわば本能的な、

自分を成り立たせる生活方法であるともいえるからです。この「性格」描写をいい加減に、粗忽にやって

しまうことは相手を誤解するということになって、逆に相手からも自分への誤解が向けられ、その結果そ

こに険悪な状況が生まれ最悪はケンカとなり多かれ少なかれ互いに痛手をこうむることになります。しか

しそういうことを含めて色々と手探りをしながら経験し学ぶことが必要だといっていいのかもしれません。

このような「性格」の取扱いに初めから手慣れた人などいるはずもないからです。

 そして、そうした上で分かった相手の(同時に自分の)「性格」は簡単に直したり作り変えたりするも

のではないということができます。肉体的なものであれば鍛え直したり、容貌であれば化粧したり極端に

は整形手術すればいいのです。しかし「性格」はそんな訳にいきませんし、そんな対象のものではないの

です。

 それにもかかわらず「あなたのその性格は直さないといけないよ」という言葉がよく使われるのはなぜ

でしょうか。‥‥

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