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2012年9月26日 (水)

「性格」‥5

「あなたのその性格は直さないといけないよ」という言葉(忠告)、あるいはこれに類した言葉を言われ

たことがないという人がいるでしょうか。もしそのような人がいれば聖徳太子並みの秀才か本当の聖人で

しょう。自分でそう言う人がいたら私は即座に「あなたのその性格は直さないといけないよ」と言ってや

るでしょう。‥‥つまり「あなたのその性格は直さないといけないよ」という言葉は「皮肉」の意味で使

う言葉なのです。これを言う人は、普通はほとんど意識もしてないでしょうが、相手の性格が直るとは心

底のところでは思っていないと言っていいでしょう。これを言う人は親切な忠告のつもりのようでいても

真意は非難、難詰という点にあるのであって、相手の人格を認め尊重する意識とは程遠いものです。無意

識にせよこれは毒を含み相手の心を傷つける迂闊な言葉の類と言っていいでしょう(もちろん意識的に、

即ち悪意を持ってこれを言う人もいます)。

 「いや、私はそれを親からよく言われた」と言う人がいるかもしれません。しかしそれは失敗や落度に

対してあなたを悔悛させようとの情からでたもので、「性格」がどう直せるかなどはまず親の念頭になか

ったことでしょう。もしそのとき「性格はどうしたら直るのですか」と聞きでもしたら「自分で考えなさ

い」と言われるのが関の山だったでしょう。親のこのようないわゆる「幾つになっても子ども扱い」に対

しては「私の性格も親からの遺伝でしょう」と時には切り返せばいい話なのではないでしょうか。少なく

ともこの方が親に既に子供は一人前であると認めさせる近道なのは間違いないでしょう(正直のところ、

私もこれをしがちな親ですからよく分かるのです)。

 とにかく「性格」は直す(変える)ことができるものという考え方がほとんど疑いの持たれない通念と

なっているのです。しかし本当に「性格」がいとも簡単にコロコロ変わるものであったら私達は個人の同

一性に確信が持てなくなり、まともな人間関係が成り立たなくなってしまうに違いないのです。そして今

あるこの社会も成り立たないと言っても大袈裟ではないと思いますが、ではなぜ「あなたのその性格は直

さないといけないよ」という言葉を使うことが非常識とされないのでしょうか。‥‥私はこれは「性

格」は変わるものではないことが確固とした事実であることからくる“反語表現”なのだろうと思いま

す。これは「性格」が変わることは不可能であることを知った上での忠告であり、その真意は相手の

「反省」を求める点にあると言っていいでしょう。従って「性格」が簡単に変わり得るものであればこの

言葉は恐らく使われなかったのではないかと思います。言われた者がたやすく行えることを忠告しても

「反省」は生まれません。不可能なことを忠告した時にこそ相手の「反省」が生まれることを最初から踏

まえた言葉であるということでしょう。

 まったく当たり前のことを人に忠告してもそれは「大きなお世話」でしかないからです。

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