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2012年10月 7日 (日)

「性格」‥7

 さて「性格」に性差(男女差)はあるのでしょうか。あるとすればなぜそれがあるのでしょうか。これ

を語りだすと膨大なものになり何年かかっても終わりそうにない気がします。古今東西の恋愛小説は詰ま

るところこれに基づいて成り立っていると言ってもいいでしょうし、これは有史以来世界には数えきれな

いほど存在するでしょうから。

 しかし、そもそも性差とは通念上では何のことを言うのでしょうか。①まず何と言っても最重要なもの

は男性性器、女性性器という生殖器官の差異でしょう。あとはすべてこれから派生することと言ってもい

い位です。そして②外見的容貌の差異‥‥骨格、筋肉、体力から、服装、化粧、なども含まれるでしょう。

さらに③内面的性向の差異‥‥性質(性格)、知力、言葉、趣味、嗜好など‥。と続くのではないでしょ

うか。そしてこのように「性格」も性差があるものと考えていいのでしょう。このことを踏まえた上で、

さてそれはなぜあるのでしょうか。冷静に見ればもちろん生殖は種を残すためであるのは間違いありませ

ん。しかしこれですと「性格」などは問題にならないでしょう。生物学が「性格」を取扱ったという話

は今まで聞いたことがありません(今後は分かりませんが)。ここでやろうとしているのは生物学ではな

くあえて言えば心理学です。と言ってもそれは科学実験的なことを志向するものではなく、感覚的・情緒

的なアプローチから探究しようとするものです。

 性差とは「求める者と求められる者の差」と言うことができるかもしれません。すぐに男:求める者、

女:求められる者‥という図式が浮かびそうですが、よく考えるとこれが正しいかどうか分からなくなり

ます。男女の関係を喩えますと、いい喩えではないと言われそうですが、大きなクモの巣を張って真ん中

で待機する女郎蜘蛛(女)と、そこに飛びこむ極楽トンボ(男)みたいなものと言えそうです。胸を躍ら

せ自由に空を飛びまわりエサ(女)を求めていたつもりのトンボ(男)は、待ち構えていた蜘蛛(本当の

女)のクモの巣にからめ取られて結局は食べられてしまいます。この場合、クモこそ求めていた者(女)

であり、トンボは求められていた者(エサ=男)だと言えます。どうも男女の心理構造の差にはこの喩え

のようなギャップの構図があるように思えるのが私の60年の人生経験からくる感想です‥いや止めましょ

う、やはり品のない喩え話ですわ、これは。

 同じ喩えるなら森進一の昔のヒット曲「花と蝶」の方でしょう。‥♪‥花が女か男が蝶か~、蝶の口づ

け受けながら~、花が散るとき蝶が死ぬ~、そんな恋する女になりたい~‥♪‥うん、これ、これですよ

ね。‥‥でも実際の所は、花は散っても実を残すし、蝶も葉の裏に卵をひり付けておくし‥‥どちらもシ

タタカなんですね本当は。

 やはり「性格」の性差を説明するのは難しい、というのが結論です。

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