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2012年10月10日 (水)

「性格」‥8

 自分の「性格」はいつ頃(何歳くらい)から形成されるのでしょうか。これを明確に記憶している者な

どどこにもいないと思われますが、それは以前(4)に述べましたように、相手の「性格」を描くときそ

れは同時に自分の「性格」も描いていることになるという点がやはり基本になるのではないでしょうか。

私達は他人の「性格」描写を行うときは、自分を成り立たせる生活方法としていわば本能的にこれを行い

ます。そしてこの原初的な「性格」描写は自分を育ててくれる親(特に母親)に対するものだと言えるで

しょう。人間は誕生後しばらくの間は親に守られた環境の中で「泣き声」と「授乳」という対面的「やり

とり」を行いながら育っていくからです。赤子は知性的と言うよりは全面的に本能的な所作として自分の

泣く行為と授乳の関連を理解し、それと同時に親の「性格」描写(把握)も行っていると言っていいでし

ょう。赤子の言葉は最初はほとんどが「泣き声」ですから、この「泣き声」をどういう頻度、大きさ、長

さで行えば自分が「授乳」される頻度、回数、量が得られるかを本能的な所作として体得していくのです

が、同時に相手(通常は母親)の反応も感知しているはずです。相手はあくまでも自分に「優しく」、自

分の欲求をほぼ100%かなえてくれます。従って、赤子ほど「わがまま(:我儘=我の為すがまま)」な

人間はいません。「わがまま」でなければ生きていくことができないからこれは当然のことです。つまり

親の「優しさ」に浸りきり「わがまま」に振舞って生きて育っていきます。この「やりとり」のどちらか

でも欠ければ赤子は生きていくことはできず死んでしまうのは言うまでもありません。

 こうして100%の「わがまま」と相手(親)の100%の「優しさ」を求めるというものが最初の自分の

「性格」の形であり、それはゼロ歳児から形成されるということになります。その後は「性格」はどう厚

みを増し形成されていくのかは想像に難くないでしょう。いっきょに時間を跳ばした言い方をすれば、や

がて幼児期から親以外の人間とも接触し、身に具える言葉の数も増やしていき、対人的「やりとり」の経

験を積み重ねながら、この世で唯一の「性格(個性)」を持つ人間となっていくというわけです。

 その結果人口の数だけの多様な「性格」が存在することになるのでしょう。そして生存方法の描写とも

言えるこの基本的なパターンは実は人間に限ったことではなく、親に養育されて成長する過程を持つすべ

ての生き物に共通することだと言っていいのでしょう。そうであれば「性格」形成の仕方には王道はなく、

自然の摂理に従うだけだということにもなるでしょう。‥‥およそ「性格」にまつわる議論はこの線を決

して外れてはならないと言っていいと思います。

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