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2012年11月

2012年11月27日 (火)

「性格」‥14

  あと3週間足らずでまた総選挙です。今大小あわせて15前後の党派があって、予想通り誰もが「オレが、オレ

が」と自分の正当性を主張しています。私はこの10年間、いやこの20年間の政治を見ての結果として言いたい

ことは、最も単純に言って、誰が一番嘘を言わずに政治を行ったのだろうかということです。この際政党名は

無視して(政権与党はどのみち自民党とその派生政党が大部分だったので、個人だけに注目することにします)

この資格はまず2年以上総理を務めた人が条件とします。私の勝手な基準ですが、2年未満の人は理由は何であ

れ実績を主張できないと思いますので除くべきでしょう。そうすると驚く無かれ、橋本龍太郎と小泉純一郎し

かいないのです(敬称は略します)。もう10年伸ばしても鈴木善幸と中曽根康弘が加わるだけです。つまり鈴

木善幸(1980.71982.11)以降30年間で19人の総理大臣が出ましたが上の基準で言う「政治」を行ったのはた

った4人ということです。そしてこの4人の中で嘘を言わない政治を行った人は誰だったかということになると

どうでしょうか。これは難しいことかも知れません。「嘘」を言ったか言わなかったかの基準を何に置くかで

判断がガラリと変わるからです。しかし細かい詮索をしても仕様がありません。

  私の虚心坦懐な感想はこの4人の中に「歴史的に評価されるような」業績を上げたと言える人は一人もいませ

ん。小泉純一郎が「北朝鮮拉致問題」と「構造改革」でそれまでの政治姿勢を変更した点は事実として認めま

すが、その答えが出ない段階で総理を退いてしまったので業績を上げたとは言えませんし、この2つの問題は

現状において行き詰まったままです。また中曽根康弘はレーガンと「ロン、ヤス」の蜜月時代を演出しまし

たが、何と言っても日本の戦後の原子力行政推進の中心人物の一人です。この人は「福島原発事故」に際し

てどのようなコメントをしたのでしょうか。そして鈴木善幸、橋本龍太郎はすでに記憶が薄れ始めている人

です。

  ああ何ということでしょうか。(今更でもありませんが)日本はこの30年間「真の」政治家は不在だったの

です。ではその前の30年間は?この期間は経済面では戦後経済復興→高度成長→バブル経済へと進んだ時代、

政治面では日本の独立→平和憲法制定→日米安保体制→自民党独裁の時代と言えます。そして「歴史的に評価

される」と言えそうな総理は敗戦国日本を再スタートさせた吉田茂だけでしょう。本当のところはもう100

もしてみなければ戦後日本の政治(家)の評価は分からないのでしょう。あと100年後です!‥現在生きてい

る人は99.99%いません。‥‥もう溜息しか出ませんからこの辺でやめましょう。とにかく選挙は「人間」

を見て判断しなければいけないということです。しかし何をどうやって見て判断すりゃいいのだろうか?

  前にもこのブログで述べましたが、今の政治(家)が変わるのはまだあと30年~40年先で、変えるのは今い

る現役の政治家たちではないのです。では今の政治家、今度の選挙に名乗りを上げている人はどういう立場の

人であるのかと言えば、真の政治家が出てくるまでの「捨て石(犠牲としての繋ぎ役)」だということです。

ですから私は今回投票するにあたって誰にするかの基準は、その人が自分が「捨て石」であることを認識し、

これを明確に表明しているかという一点にしようと思います。この「捨て石」を必死でやる覚悟がある人と

うことです。そして該当者がいなければ投票を棄権します。いい加減な人を選びいい加減な政治をやってもら

いたくないからです。結果的に望むような政党・政治家の政権にはまだならないかもしれません。その時は、

そういう人が出てくるまで我慢して待ち続ける以外にないと考えます。それは「捨て石」覚悟の政治家、

して「真の」政治家の登場を待つ国民の最低限持つべき心得と言うべきでしょう。

<舞岡公園でのスナップです。横浜でもこんな里山風景が見れました。> Photo_2

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2012年11月19日 (月)

「性格」‥13

 最近もしばしば話題になる「団塊の世代」とは昭和22年度(1947年)、23年度、24年度生まれの世代

のことを言います。私もこの最終年度に入ります。この「団塊の世代」とは言うまでもなく作家堺屋太

一が昭和51年に刊行した小説のタイトルです。まだ彼が通産省(今の経済産業省)の官僚だった時に書

いたものです。私はこの小説を2年前に初めて読みました。はっきり言ってこの小説は格調高い一流小

説というものではありません。ただ日本がオイルショックという、戦後に続く高度経済成長後に初めて

味わった大きなダメージの残る、一種の社会不安(虚脱感)が漂う中に登場した、近未来の日本の社会

風景を描き話題性の高い本だったということで、すぐにこの「団塊の世代」という言葉が独り歩きし、

良くも悪くも社会問題をはらむ言葉として定着してしまったのです。

 確かに日本の現代の世相を語る上でこれほど“はまった”言葉は滅多にないかもしれません。ベビー

ブームに始まり、学校の教室不足、高校・大学への進学ラッシュ、大学紛争、新婚旅行の海外旅行ブー

ム、ニューファミリーの登場、住宅・マンションブーム、バブル経済(これはこの世代だけが犯人では

ありませんが)‥‥そして直近が大量定年と年金問題という具合に、目立った社会現象がすべてこの

「団塊の世代」の存在とその動向で説明ができてしまうからです。つまり、その社会現象の原因が「団

塊の世代」であるという厳密な検証などすることもなく、「団塊の世代」を持ち出せば誰も反論せず議

論の片が付いてしまうということになったのです。そして誠におかしなことに、そう呼ばれる団塊世

代の人間自身がそのことに一種得意気な気持ちまで抱いてしまったのです。これは自分達が常に社会

(問題)の中心に置かれることからくる思い違い(錯覚)だったのでしょう。しかしこれは団塊世代が

世論と共謀したという側面でもあったのです。私は同世代のサラリーマンが“臆することなく、堂

々と”自分が「団塊の世代」であると自己紹介する場面をこれまでに何度見てきたことでしょうか。

‥‥しかし堺屋太一の視線は明確で、この世代を文字通り団塊(=堆積岩中の異質な固まり部分、土塊

:つちくれ)と実にシニカルに名付けたのです。それは≪何かと社会のお騒がせを引き起こす奴ら≫く

らいの意味が込められていると言っていいでしょう。堺屋太一自身は昭和10年生まれで一回り上という

立場から客観的にこの世代を眺め分析することができたということでしょう。私はこれを「蔑称」と言

うつもりはありませんが、決して有難がって頂く名称ではないと言っておきたいのです。堺屋太一はこ

の小説の大ヒットにより売れっ子作家として(やがて経済評論家としても)独立したのですが、あえて

(相当な)悪口を言わせてもらえば堺屋太一は佞者(ねいしゃ、官僚のままであったら佞臣)一歩手前

の人でしょう。つまり口先巧みな才人ですが仁は薄いほとんど要領が立ち勝る人ということです。しか

し人間の「性格」を見抜き、「言葉(の力)」を操る点で類い稀な才能を持っていたのは間違いありま

せん。この「団塊の世代」はあと20年もすれば自然消滅するのか、それとも「歴史的言語」として残

るのかは分かりません。私はそれよりも堺屋太一自身が亡くなる前にこの言葉の“はまりよう(的中事

情)”の感想を本人の口から聞いておきたいものです(それをまた口先巧みに言うだろうと思うのです

が、またすでにどこかで言っていたかもしれませんが)。

 ついでの話として、今から78年前の私が会社(金融機関)勤務時代に法人顧客先に当社の地区担当

役員を表敬訪問で先方の専務・常務に案内した時のこと。当社の役員が話題の中で「いよいよだんこん

の世代の大量定年時代を迎えますが‥‥」とやってしまったのです。私は内心で(たは!読み間違えてる!!)

と舌打ちし恐る恐る相手の役員を見ると目が点になっていたのを見て、顔から火が出る思いをしたもの

です。面談が終えて次の訪問先へ向かう車中、私はあれこれ思案したもののいい考えが浮かばず、その

まま次の法人顧客(今度は社長)を訪問したらまた同じ話題を出し「いよいよだんこんの世代の‥‥」

とやってしまったのです。帰りの車中で我が役員は「いや実に意味のある訪問だった」とご満悦の態だ

ったのですが、私は(しばらくあの会社には行けないな)となさけない思いだったのです。‥‥最近の

バラエティー番組の「漢字当てクイズ」を見るとホロ苦く思い出すのです。

<保土ヶ谷の外人墓地にも紅葉の気配が見えます>

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2012年11月12日 (月)

「性格」‥12

   「性格」の類語に「品格」というものがあります。この7、8年ほどの間で「品格」は流行語にもなって

いるようですが、「品格」という言葉はもともと主に大人としての品位を語る場合に使われてきた、その

語り口自体が“品のいい”範疇の言葉としてあったと思います(つまり品のない人はそもそもこの言葉に

縁がないということだったでしょう)。それが、私の印象では、1980年代あたりから日本の金融・資本市

場において一流企業や国・公共機関が発行する債券の「格付け」が個人や機関投資家の重要な投資指標と

なってきたのに合わせて、人、職種、国柄などに対しても債券の格付けのようなニュアンスで「品格」を

語ることが従来の枠をはみ出してクローズアップされたという経緯だったように思います。また「流行語

大賞」などという馬鹿馬鹿しいコンテストがいつ頃からか年末行事になったことも背景だったのでしょう。

 もともとの「品格」の意味は、広辞苑によれば、物のよしあしの程度。品位、気品。‥となっていて他

の典拠でもおおむね同じです。ちなみに最近メディアで行われた「品格」人気投票ランキングでは男性一

位がイチロー、あと渡哲也、田村正和、高倉健‥‥女性一位が吉永小百合、あと松嶋奈々子、黒木瞳‥‥

でほとんどがタレントです。これは間違いなくテレビ文化の影響と言っていいでしょう。男性は「ダン

ディー=カッコよさ」、女性は「エレガント=優雅さ」という物差しによるものでしょう。しかしこれ

らはみな私達がマスコミ媒体(映像と記事)を通じて得た判断材料によるもので本物とは別のいわば「作

られた人物像」によるものです。もっと言えばそれはイメージとしての「流行」に乗っかったもので、実

体は何もない「空っぽ」というものです。こう言うと、「そりゃ辛すぎる、もっと楽しんで考えればい

んじゃないのか」と言うかもしれませんが、「品格」とはもともとそんな軽い言葉ではなく重厚さをも

たものだったのです。その意味ではもはや本当の「品格」は死語となってしまったのかも知れません。

もっとも国や企業の「格付け」にしてからが、最近のほんの数年で最上級から最下級へ転落することが相

次ぎ世界の金融市場が大混乱する事態を招いており、名だたる格付け機関による「格付け」の権威も地に

墜ちてしまったのですが‥‥。

 しかしそれよりこのことは「言葉」の運命なのかも知れず、むしろ現実には社会現象の方から「言葉」

の意味を変えていってしまうものなのかも知れません。考えてみればどの言葉も例外なく時代の変遷とと

もにその意味を変えながら今に至っているのは否定できないからです。そして変われなければその言葉は

消滅し、新しい言葉が生成してくるのだということが確かな事実だと思われるからです。ただし、この言

葉の生成消滅が常に向上傾向(:悪い言葉が消え、良い言葉が生まれる)の上にあるかどうかはまったく

係ないということもまた事実なのです。

 ‥‥とにかく私たちが考える以上に「言葉」は力を持つもののようです。巨大な文明を築きますが、大

国を滅ぼすこともするのですから。「品格」という言葉の跳梁も何かの兆しなのでしょうか。

<近所の公園の花と東戸塚の駅前オーロラモールのイルミネーションです>

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2012年11月 7日 (水)

「性格」‥11

 今日横浜市内の病院にいき前立腺肥大の診察を受けました。先月大手町で知人と飲んでいた時に何とし

たことか尿が出なくなり、4時間ほど我慢を強いられ帰宅後息子の運転で夜遅く救急病院へ行って処置し

てもらい、その時の診断で「酒はしばらく控えるように」と医者から言われ薬を処方されて一か月の観察

期間を経ての再診だったのです。この間、あの時の苦しさを考えると好きな酒も一滴も飲まずにいたので

すが、医者にそのことを言うと「え、そうですか!」と逆に意外な顔をされ、「毎日飲んでいるのを3

日に一度くらいまで控える」という程度のつもりだったとのことです。私はそれを聞いて返す言葉もあり

ませんでした。これを医者の親切、親心と理解したらいいのでしょうか、私は医者の指図を真に受けて完

璧な断酒をしていたので、このギャップになんだか拍子抜けしてしまったのです。この症状は、私のよ

うな60才を過ぎた、酒好きの人間にポピュラーに見られるもので、医者からするとその患者の酒の習慣の

なかで治療していくものと位置づけられているようなのです。つまり医者は経験上から、酒飲みに「酒を

控えろ」という指示は守られないものであると考えているということなのです。その上で、「これを治す

ために酒を控えないといけませんよ」とその患者に言うということです。‥‥このことは酒飲みにとって

幸福なのか不幸なのか考えてしまいます(なにかといえば幸福か不幸かと言い出すのも年のせいかも知れ

ませんね)。「人をバカにしおって!」と怒ってもいいのでしょうが、正直そんな気にもならなかったの

です。

 家に戻ったのはまだ昼過ぎだったので、久しぶりに鎌倉まで遠出の散歩をしようと思い立ちました。横

須賀線の鎌倉駅からブラブラと歩いて長谷の大仏に行き、そのあと由比ヶ浜に出て稲村ヶ崎に日が暮れる

のを見てからまた鎌倉駅まで八幡宮の参道方向から戻りました。そして家に帰ると程なく晩飯となり、私

は何事もなかったような顔で日本酒を飲んでいると、息子に「あれ?親父飲んでる!」と不思議そうな顔

をされたものです。

<鎌倉のスナップです>

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