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2013年1月23日 (水)

「性格」‥18

 大阪の高校で体罰が原因で生徒が自殺する事件が起きました。これは体罰をしていたバスケットボール

部顧問の指導能力の適格性にとりあえず行き着く問題なのでしょう。生徒を殴打することを練習指導にお

ける中心手法と心得ていた顧問個人の性格に多く負う事件であるのは間違いないと思われるからです。

 しかしながら、中学から高校の運動部(特に男子の)では昔からコーチや先輩・上級生が部員を、時

に“ぶん殴りながら”教えることは当たり前のようにあった慣行です。どの種目でも運動部の練習は多か

れ少なかれ過酷さを伴うものです。勢い、部員は練習の中でもスキがあれば(見えないように)手抜きを

したりサボったりすることはまず普通にあるものでした。不運にも見つかった時に「ポカリ」とくるとい

うわけです(それは状況次第でソフトなものからシビアなのまで様々です)。

 そもそも運動トレーニングは緊張と弛緩の繰り返しという性質を持っています。逆に緊張しっぱなし

ではかえってスキルは伸びずトレーニング効果が低下するという側面が少なくないのです。肉体的にも精

神的にも、弛緩があるからこそ緊張時に能力がアップするということなのです。このことは実はコーチ自

身が一番良く知っているはずなのです。

 一方、その時の指導方法の一環の中で常に特定の生徒を叱られ役とするやり方を取る指導者(監督、顧

問、コーチ、等の肩書きは問わず)はけっこう多いものです。見せしめをしながら組織全体を締める方法

はスポーツの世界に限らず一般企業などの競争環境にある多くの組織で見られる光景であるといっていい

でしょう。ただしどのケースでも、叱られ役、見せしめとなる役の人間はそれ相応のタフさがなければ潰

れてしまいます。従ってその指導者はその見極めと加減(制御)を十分心得ていなければそれは単なる体

罰(=いじめ)であり、トレーニングというものからまったく逸脱したものとなってしまうでしょう。

その分岐点の見極めは本来的に指導者の経験に裏付けられた能力に左右されるものなのです。そしてその

能力に欠ける者が不幸にも指導者に置かれ続けた結果起こったのが今回の事件だったと言えるでしょう。

この指導者が行なっていたことは“いじめ”以外の何物でもありません。最近多くの学校で起きている

“学童いじめ”と似通った性質のものです。そして“学童いじめ”と同じく、表面化していない運動部の

“体罰的指導”の実際の数は想像をはるかに上回って存在しているのは間違いないと思います。

 しかし運動部の世界の“体罰的指導”は決して今に始まったことではありません。私の記憶の古い所で

50年前の女子バレーボールの“鬼の大松”の猛練習は伝説となっています。最近は大相撲の世界でも

“体罰的稽古”で若い力士が死亡して問題になりましたが、かつてハワイ出身力士の高見山が語った苦労

話に「無理偏にゲンコツで兄弟子と読む」と当意即妙の言葉があった通り、これが当り前の世界であった

ようですし、野球でも、漫画の「星飛雄馬」の過酷な“ど根性物語”に皆が感激し、そのくらいでなけれ

ば名選手にはなれないものだと了解していたのです。つまり、これはある意味で日本の文化なのでしょう。

小柄な日本人の肉体的劣勢を“精神力”で突破できるとする“精神主義”は昔からあり、スポーツの世界

では近代的な「科学的トレーニング」を取り入れながら今でもプロ・アマを問わず日常的に口にされてい

るものです。そして、“精神主義”と“体罰的指導”は何故かワンセットになることが非常に多いのです。

戦前の日本の軍隊もまさにこれだったと聞きます。この精神構造は日本独特と言えるものなのです。

 このような背景を念頭に置くこともせず、この辺の分析・議論をすっ飛ばした橋下大阪市長の「体育系

学科」の入学試験中止や当該高校の教師全取っ替え発言は私には全くのピント外れ(あるいはトカゲの尻

尾切り)にしか見えません。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

こんにちはsunそちらは雪降っていませんかsnow

体罰いじめ見方は色々で、実際どのような体罰をしたのか分かりませんけど
命を粗末にするようなことは有っては成りませんよね。とても辛い事です

私の学生時代もいつも竹刀を持って歩いている先生が居ました(~_~;)
その他にも怖い先生がいて見ればきちんと静かにし、礼儀をただし、そんな先生は今はいないでしょうね
居れば暴力講師だと非難され、先生としていられなくなるのでしょう
入学試験中止や当該高校の教師全取っ替え発言…これでいいのでしょうか…

難しい問題ですね

コメントありがとうございます。こちらは雪は降りませんでしたが、寒さがぶり帰って来ました。昨日は春の陽気だったんですが。
私が子供の頃は「体罰」という言葉は使われなかったですね。誰でも、色々の場面でビンタ食らう(先生に、上級生に、兄に‥)ということはよくあって、“クソー、あんちくしょう!”と心に思って、ただそれで終わりだったのです。‥‥それがいつの頃からか、中学以上では先生より生徒のほうが文字通り強くなり、学校が荒れると同時に先生による「体罰」なるものも登場した(その言い方が生まれた)ように思います。ビンタ、ゲンコツは前からあったものの、わざわざ「体罰」とは呼ばなかったのです。つまり昔はそれを問題視しなかったのです。「いじめ」(昔は「仲間はずれ」と呼んだ)もありましたが、いじめられた者の自殺などは想像もできませんでした。良くも悪くもそれが昭和30年台から40年台の学校の風景だったのです。今の学校風景を昔に戻すことは不可能なのでしょう。‥‥だったら誰が改善策を打ち出せばいいのか。それこそこの前の総選挙で当選した先生方がやるべきなのではないですか?総理大臣、文部科学大臣、以下大勢いるじゃありませんか。‥‥大阪市長の橋下さんがすでに試されたのです(落第ですが)。「教育は国家100年の計」は空文句ではないのですから。

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