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2013年3月18日 (月)

「性格」‥28

 「お金」は社会の進歩とともに、もともとの現物的性格から抽象的・システマティックな性格へと変わ

りつつあるのでしょうか。これはそうであるともそうではないとも言えると思います。確かに「電子マ

ネー」といったような「お金」の形態はこれからさらに多様化していきそうですし、現在からは想像もで

きないような仕組みのものが生まれてくる可能性があるでしょう。ところが一方、あの「お金」の定義

である『人間が、生活する上で、必要なものを、購うための支払手段』という大原則が変わることはなさ

そうに思えます。「言葉」とともに人間を人間たらしめている証拠とも言える「お金」の本質が簡単に

変わるとも思えないのです。「言葉」は形が絶えず変化しても「言葉」そのものは決して消滅しないよう

に、「お金」もうわべの形はどんどん変化しても「お金」そのものは決して消滅しないでしょう。人間に

知性がある限り「言葉」はなくならないように、人間に欲望がある限り「お金」はなくならないと言って

いいでしょう。

 従って、誰でも「お金」はより多く持っていたいと願うものです。よほど修行を積んだ人か世を捨てた

人でもない限り、この願望(金銭欲)を捨て去ることはできません。賭博に多額のお金をつぎ込む人や多

額の義援金を出す人はそれができるほど多額のお金(資産)がある人です(妬みではなく事実を言ってい

るだけです。賭博、寄付は交換取引(物々交換)ではありません)。日本ではデフレ不況がもう20年も続

いていますが、街角で誰彼にでも景気回復を願っているかどうかを聞けば1000人中999人が是非そうなっ

て欲しいと答えるでしょう(一人位は上の修行者や変わり者もいるかもしれません)。

 この世の出来事において無から有が決して生じないという法則は、「お金」に関しても当然当てはまり

ます。例えば借金した「お金」を使って何かの賭け事で儲けたとしてもこれは無から有が生じたのではあ

りません。借金は返さなければならず、儲けと同じだけの損が誰か他の人にあるというだけで、社会全体

での「お金」の量が変わるわけではありません。

 では自分で「お金」は作れるのでしょうか。「物々交換」の「お金」であればもちろん作れます。麦が

「お金」であれば麦をたくさん作ることは「お金持ち」になることです。これは今や世界中の人や企業が

やっていることです。穀物、野菜、果物、肉、衣類、酒、薬、‥‥自動車、電化製品、石油製品、鉱物資

源、‥‥これら「商品」はもう何万種類とあり、日夜新たに作られていると言えます。しかし「貨幣」は

限られた組織(政府、連邦政府)しか作ることはできません。それは「貨幣」は今は大部分が「紙幣、硬

貨」の形態でありこの「貨幣価値」は政府以外に保証できないからです。

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