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2013年7月11日 (木)

「性格」‥49

10.アメリカは平和理念(平和主義)でがんじがらめにした憲法を日本に押し付けたが、そのアメリカ自身は平和理念とは程遠い、むしろ戦争好きと形容できる政治を建国以来行なってきたのであり、これは現在までまったく変わっていない。むしろこの傾向はナンバーワンの超大国として世界に君臨するようになった最近において一層顕著である。このことをアメリカに問い詰めれば「平和のために戦争をするのだ」という判で押したような答えが返ってくるだけであろう。つまりアメリカの主張する平和理念(平和主義)はまったく“空言”(内容のない語)と言えばいいものなのである。

  あるいは「平和」ということが極めて矛盾を孕んだ概念なのだと言える。“平和のためなら殺人も厭わない”という言い方が通用してしまうものなのである。これは戦争に限ったことではなく、(社会の平和維持のため)重罪に死刑を適用するのも同じ意味合いであろう。そう考えれば「平和主義」を掲げる点には本質的に危うさがあると言えるのである。そしてこのことと、平和理念(平和主義)を根本に据える日本国憲法がどう見ても明らかな“行き詰まり”症状を呈していることとは根は同じだといって間違いなかろう。

   私はアメリカそのものが嫌いというわけではない。アメリカの文化、ジャズや映画、野球やボクシングなどのスポーツ文化には素直に憧れる。しかしアメリカの国家体質、例えば太平洋戦争でもう99%勝利が決まっていたにもかかわらず10万人単位の無辜の人間が死ぬことが確実な、しかもその効果を確認したいがために、原子爆弾を投下する国家意志(これはミレニアム次元の、つまり1000年に1度あるかないか位の極悪非道と言うのが至当であり、永久に人類史に刻印されるだろう。この時も、平和のために原爆を使用したのだと言っている)に対しては払拭しようのない嫌悪感を持つ。日本の憲法がそのような国家意志の落し子であるならば、これを詔勅(みことのり)よろしく奉りどこまでも自己卑下する日本人とは、一体どのような“性格”になり果てたのかという思いなのである。

 

 

ここまで書きますと、平和理念を憲法から取り除くという考えに対しては大きな非難、怨嗟が沸き起こるだろうと思います。「戦争をしたいと本気で考えているのか!」あるいは「この世から戦争をなくすという考えのどこが間違っているのか!」と。

私は平和という言葉(理念、主義)を前面に出すことによって戦争を忘れる(ふりをする)、戦争がないものとするという仕組を敷く(憲法を定める)ことに強い疑問を持つのです。これは「平和によって戦争を覆い隠す、即ち戦争の隠蔽工作をする」ことに他ならないだろうと思うのです。なぜなら、私はこの世から戦争がなくなるとは本気で考えていないからです。もしこの世から本当に戦争を廃絶しようとすれば、人間の闘争本能を司る遺伝子を抜き取る医術を施す(それが可能だとして)以外に方法はないだろうと思います。だがそうして造り出された人間は人間と呼べるでしょうか?

あるいは“地球上のすべての国が平和憲法を制定すればこの世から戦争はなくなる”というテーゼが正しいか誤っているかということなのでしょう。平和論者は正しいと言い、私は誤っていると言います。こうなるとこれは信念、あるいはイマジネーション(想像力)の問題で、実際に実行する以外に証明出来ません。さらにもう一歩進めれば、平和論者はこれが実行できると言い、私は実行できないと言います。‥‥皆さんはどっちですか?

〚次回がまとめです〛

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コメント

こんばんは☽
口では、戦争の無い世界、
平和であってほしい。そう願っていても
心のどこか片隅にそんな世界はキッとあり得ない
戦争って言う言葉を聞きたくなくて蓋をしているだけなんですよね
いくらそう思っていても小さい頃から戦う事を強いられている子供たち
その子たちが大きく成って、それが普通。
そんな悲しい事から
逃げているだけですね

今晩は。
誰もが平和を願う、これは事実です。しかし戦争はなくならない、これも事実です。
今はなくても戦争はあるものだ、と平和な時でも考えていなければならないのです。
今世界で起こっている戦争はすべて、“俺達の平和のために”と互いに戦っている
ものばかりです。人間は平和を求める本性もあれば、戦争をする本性もある、これは
永遠の真理でしょう。だとすればこれを物事を考える基礎にする以外にないでしょう。

残念ながら、人間の歴史を振り返ってみると、
戦争は無くなりませんと言うのが現実でしょうね。
それに、人間のDNAの生い立ちを考えてみると、
闘争を繰り返しその中で生き抜いてきた産物であります。
ある意味で闘争は本能の一つではないかと考えます。

仰るとおり冷厳なる事実ですね。
動物はすべて他の生物を食べて生きていますからね。
闘争することで生活が成り立っています。‥‥

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