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2013年10月

2013年10月28日 (月)

「ハチ」‥21

<再び「ハチ」番外編>

台風一過の27日、前立腺疾患で約半年中断していた山歩きを再開する。

今回は大月近くの扇山(おおぎやま1138m)→百蔵山(ももくらやま1003m)の5時間コース。JR中央線鳥沢駅

からバスで扇山登山口で降り、9時20分に雲一つない秋空の下を私と相棒は歩を始める。バスを降りた他の登

山者は20人足らず、思ったより少ないのは昨日までの台風模様の天気の影響らしい。

休みなしの80分で扇山山頂着。南西方向に丹沢、道志の山塊が見え、その向こうに高く富士山の眺望までくっきり。

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15分休憩後に次の百蔵山へ向けて下り始める。宮谷分岐から再び上りにかかり途中の小休止入れて2時間で百蔵山

山頂着が1230分、昼食とする。ここから見える眺望も扇山からのものと殆ど変わらない。木々はまだ紅葉には早

く、山道途中に栗の実が落ちていたり頂上斜面の草原には可憐なリンドウの花が散見される。30分休憩後猿橋駅を

目指して一気に下る。1時間ほどで葛野川べりの国道に到着、折角なので1キロ余り下ったところにある名勝猿橋を

見に行く。久し振りの山歩きで我が足は途中から“膝が笑う”状態となっていたがここまで何とか騙し騙しで持ち

こたえさせる。

その後猿橋駅に着くも飲食店らしきものはないので、電車が来るまでの間写真を撮りながら過ごす。

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猿橋駅から撮った扇山(右)、百蔵山(左)です。

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<翌日はアート・ペッパーの「モダン・アート」から「Blues In」他、味わいのある調べを聞きながら

体の節々の痛みを癒したのです>

Photo

http://www.youtube.com/watch?v=ElvIJ5K8pyc

<もう一つオマケ アート・ブレーキー「危険な関係のブルース」です>

http://www.youtube.com/watch?v=Ncfp3gNsFfk

 

2013年10月23日 (水)

「ハチ」‥20

「ハチ」シリーズでジャズとこれにまつわる人のことをお話しているのですが、ハチとは関わりはないジャズ

ことで私の会社時代の忘れられない思い出があります。

 私は金融機関(証券会社)で法人相手の営業部門で主に仕事をしていたのですが、その厳しさの点は社内で、

あるいは業界内で屈指の部門ではなかったかと今でも思っています。業務内容は一言では説明し難いので省き

ますが、朝から晩まで(休日も)気の休まる暇のない、という言い方が決して大袈裟ではない仕事でした。そ

のような部署のボス(本部長:社内では常務・専務クラス)はいわば群雄割拠する戦国時代の武将と言えばい

いでしょう。会社ですから本部長も数年ごとに替わっていき(昇格したり失脚したりで)、私は67人のボス

に仕えたのですがその中に☓☓常務という人がいました。あの織田信長が生きていればこんなだったろうと囁

かれるほど群を抜いて鋭く厳しい人だったのです。

 例えば、担当会社への宴席接待がある日に組まれたとします。担当者はその朝には「接待メモ」を本部長に

提出しておかなければなりません。そのメモは、接待の目的、会社の業績、出席者の略歴、当社との取引情況、

最近の話題‥etcを事細かに書き記したものです。本部長は毎朝その日の予定に応じた幾つかの書類(営業成績、

検討案件、訪問メモ、接待メモ‥)に素早く目を通すことから始め、疑問点があればすぐに担当者を呼びつけ

質します。朝から職場全体の空気がピンと張り詰めていて、呼ばれた者は直ぐに本部長のデスクの前に行って

淀みなく質問に答えていきます。そこでいい加減な当て推量を言うと、ギロリと睨まれ、「じゃあこの点はど

うなんだ?」と突っ込まれ返答に窮すると、メモを突き返され「馬鹿野郎!何故もっと調べない!おいライン

部長、この担当者は何をやっとるんだ!」とライン部長も呼ばれ一緒に叱責されるという按配です。‥‥

 そして晩の接待が終わりお客様の車を送り出し、本部長も送り出してから、私は接待の情況を反芻し手落ち

なかったか反省します。気にかかることがないことはないが、まあ無事に済んだ、と帰宅します。‥‥翌

朝出社すると既に席にいる本部長に直ぐに呼ばれます(呼ばれなくても昨晩のお礼の挨拶をするのですが)。

そして「昨日の貴様は何だ、調子に乗って!どれだけ偉いつもりでいるんだ!」とカミナリが落ちるのです。

それは宴席の最後のカラオケ(ギター伴奏者による)で、私が3曲目を歌ったことです。この場合、口火を切

るのは大概が担当者で、座が白けないように(見苦しくない程度にソツなく)歌って、次にお客様が歌い易い

雰囲気でマイクをリレーしていきます。お客様側にこちらの倍以上歌ってもらえばいいのですが、たまに担当

者がもっと歌うようお客様にせがまれる時があり、ついつい応じてしまったりするのですが、それで私は昨晩

3曲歌ったです。先方の社長、役員、部長様方は5曲位ずつ歌い、本部長も何曲か歌って盛上がっていまし

た。私も少しおだてられてしまったなと気にかけたのですが、まさにそのことを本部長は叱ったのです。それ

を聞いている職場の仲間は、「ククッ、○○の奴ドジッたな!」と呟くのです。

‥一事が万事そういった具合で、担当会社への同伴訪問の車中でもどんな質問が飛んでくるか恐ろしい思い

緊張し通しで冷や汗の途切れることはなかったものです。私の会社勤務時代で人から“薫陶”を受けたのは

の時こそだったと言えるのです。

 そして後年私の地方赴任時代に、関連会社役員に退いていたその人の訃報が伝わり、私は帰宅して葬儀に

参列したのですが、最後のお別れの式の時にBGMで何とジャズが流れたのです。私の知らない曲ですが間違い

なくジャズで、静かな葬送曲が流れるのが通常なのに少し騒がしいくらいで、私は「え、何だこれは?」と

少なからず驚き、式後に旧知の人とお茶を飲みながらそのことを話すと、「ああ、☓☓さんはジャズが好き

だったから遺族がそうしたんだよ」と教えてくれたのです。「な~んだ、それならいつかジャズの話で☓☓さ

んと意気投合できたものを!」と私は思わず悔悟の念を口にしたのですが、しかし思い起こすだにそんなこと

ができたはずもない、どんな時でも気の緩むことは一切許さない人だったと結局は合点する他なかったのです。

 

<家に帰ってから「オレの葬式の時にはこのジャズを流してくれ」と冗談で言ったら子供に「忘れるから

ちゃんと遺言に書いといて」と真面目な顔して言われました。遺言はまだ書いていませんが、曲の一つが

ハービー・ハンコックの「ミモザ」で、私の鎮魂にはピッタリだと思ったからです。>

 

 

1Photo


http://www.youtube.com/watch?v=ekOlF-oFeH4


<コメントのほうの「飾りのついた四輪馬車」です>

http://www.youtube.com/watch?v=2OnTcJwq-eU&list=PL943ED6D06ABAE4F7

2013年10月19日 (土)

「ハチ」‥19

(ハチ番外編)

18日は天気が良く、ヨメハンと学校が休みの息子の3人で茨城県常陸那珂の国営ひたち海浜公園に行ってきました。

ちょうどコキアカーニバルが開かれている最中で、真っ赤に色づいたコキア(ほうき草)36000本が海辺の丘一

面に咲き広がる様を一度見ておきたいとのヨメハンの発案で、横浜から首都高速で東京をかすめ常磐自動車道→常

陸那珂有料道路をほぼ3時間走り、ひたち海浜公園ICを降りるともう目的地に着きました。平日ながら人出も多かっ

たのですが、何せ190haもある広い公園なので人でごった返すような場所もなくゆったりと景色を楽しむことが出来

ました。2日前に関東に最接近した台風26号のためコキアに隣接して植えられていたコスモスはみな株が斜めにかし

いで、花も大分飛ばされてしまったらしく見栄えは良くなかったのですが、コキアは強風にもしっかり根を張った

まま耐えて、モコモコした“赤い頭髪姿”が見渡す限り丘全体に広がる景色は壮観で、私達の目を大いに楽しませ

てくれたのです。

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 コキアを見るのが目的でしたので、ここで1時間半ほど歩いた後は他の見物エリア(砂丘、樹林、乗り物他の

エリア)には回らず、常陸那珂漁港の市場へ行き遅めの昼食をとったのでした。ここも3.11の津波で被害を受け

ところですが、今は港も完全に復活し、市場は私達と同じようにコキアから流れた客でかなり賑っていました。

その中の一軒の食堂に入り、私は海鮮丼(1,575円)に盛られた海の幸に舌鼓を打ちましたが、それが食べ切れない

かと思った程のボリュームにはたまげたものです。その後は帰る方向の大洗海岸沿いを行くと「かねふく」明太子

工場が見えてきたのでそこに立ち寄って見学と試食をして再び有料道路に入り来たのと同じルートで帰途についた

でした。

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 常磐自動車道は帰りも車が多く三郷ICの手前10キロ辺りから渋滞が始まり三郷を抜けてもそのまま首都高速が渋

滞低速で、この間眠気覚ましに3人で“名前言いゲーム”をやったのです。運転手の息子が言い出したので私は不承

不承でしたが眠気覚ましには協力せざるを得ず参加したのですが、途中から一番ノッてたのは“オヤジだ”と言わ

れたのでした。例えば「国の名前」「首都の名前」「県庁所在地の名前」‥‥などで3回つかえた者が罰ゲームで歌

を歌うことになり私が続けて演歌を2つ歌い、今度は私が「演歌の名前」「ジャズメンの名前」と問題を出せばヨメ

ハンや息子がつかえて歌を歌うのでした。そんなことをしながらでもけっこう時間潰しになり、往きよりも2時間近く

時間がかかったものの夜8時前に家に着いたのです。朝9時に出て11時間の小ドライブ旅行だったというわけです。

 

<うちの車のカーオーディオからも流れていたマイルス・デイビスの「オン・グリーン・ドルフィン・

ストリート」です>

 

Photo


http://www.youtube.com/watch?v=8gspORI5lC0

2013年10月17日 (木)

「ハチ」‥18

 前にハチではエレクトリックなサウンドのジャズは流さないと言いましたが、私自身はこれが嫌いということ

はなく、従ってこの種のジャズは寮の自分の部屋で聞いていました。私も人並みにささやかなステレオ・コンポ

を買い揃えていましたので、ハチで聞いて気に入ったものはもちろん、レコード屋で見た面白そうなジャズLP

買ったりしていました。1970年台は良くも悪くもシンセサイザーや色々なエレクトリック楽器が登場し、その種

のサウンドがジャズに限らずクラシックからロックまで幅広く浸透し始めていたのです。

 そんな時に聞いたのがチック・コリアのエレクトリック・ピアノを中心に据えた新しいサウンドのジャズでし

た。それはこれまでのモダン・ジャズのブルージーな雰囲気から一転して、明るく澄み切った、美しいとも言え

る音の奔流には新鮮味があって耳をそばだたせずには置かない不思議な魅力を持つ音楽だったのです。チック・

コリアのバンドが当時のジャズ界に起こした波紋は大きかったので、ハチママもお兄ちゃんも知らないはずはな

かったのですがハチでこれが聞けることはなかったのです(初め12回位は流したのかもしれませんが)。私は

いつも部屋で寝転びながらこれを聞いていましたので(時にはそのまま寝てしまったり)、これがジャズの店の

大音量の中で聞くと果たしてどういう印象のものになったかは分からずじまいでした。というのはこのチック・

コリアのブームは2年も経たずに消滅してしまったからです。バンドが解散し、その後も同じような形でやったの

ですが、もう新鮮味は失せ、あの驚きのサウンドの再現はならなかったのです。ハチママがこの辺を見越してい

たのかどうかもとうとう分からないままでした。

 

<チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエバーの中の「スペイン」です。ラテンの風合いも感じさせる曲です>

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http://www.youtube.com/watch?v=8Q52r7xMd3U

2013年10月 9日 (水)

「ハチ」‥17

 ジャズについてはいつか話しておきたいと思うことがありました。ずいぶん昔に(まだ学生の頃)思ったこ

となのですがきちんと筋立てて誰かと話したことはこれまでありませんでした。今は気恥ずかしさを感ずる年で

もなくなり別に臆する気分は霧消してしまったのでここで話してみようと思います。それは、ジャズは“性欲”

に関係が深いものであるということです。「何だそれは」とも「なーんだそんなことか」とも言われそうですが。

かの三島由紀夫が生前述べていたことに「哲学とは結局、性欲の変形だ」というのがあります。その前後がどう

いう脈絡であったかは覚えていませんが、その断定的な言葉に強い印象を受けてこの言葉だけが浮き上がったよ

うに記憶に残っていました。そしてある時ふと「ジャズも性欲の変形だ」だという感じを強く抱いたのです。

し高尚な言い方をすれば絵画も含め「芸術的パッションは生命力(性欲)の表現である」ということになるで

しょう(これも誰かが言っていたような気がします)。ハチの常連だった頃は、何でも言いたいことを(酔った

勢いででも)言ったものなので、“ジャズは性欲の変形だ”と一言二言口に出しかけたのですが、ハチママに猛

烈に反論され(というか怒り出して)、他の常連もこれに同調したので、私はこれ以上言い張ったら“総スカン”

の扱いになりそうで、それにジャズに“命を懸けてきた”ハチママのプライドを痛く傷つけたようなので黙って

しまいました。これは完全な誤解だったのですがこの誤解を解くのも大変骨が折れそうな感じがしたからです。

 私が合点したのは、若いうえに時間を持て余し鬱然とした生活を送る者が、内側からフツフツと沸き起こる情念

(パッション)にある意味で悩んでいるような時に、上の三島由紀夫の断言に対しては頷いてしまう人間は少なく

ないはずで、その時は哲学もジャズも同列のジャンルのものであるに違いないということでした。最近の言い方を

すればそういう情念が“癒される”作用を哲学やジャズは持っていたということです。もちろんこれは人により

けりで、何がその人を癒やすのかは決まったものなどないでしょう。そのために色々な遊びや趣味があり、勉強や

仕事が趣味なら理想的ですし、恋人がいればこれに優る癒やしはないでしょう(恋人がいれば性欲を変形する必要

はないわけですから、簡単な話、哲学もジャズも不要のものとなるでしょう)。

 最初の方で述べました、本場のアメリカと異なる日本人のジャズの感性という点もこのことだといっていいと思

います。アメリカ人に面と向かって「ジャズは哲学と同じく性欲の変形だ」と言ったらどんな顔をされるか、恐ら

く“Oh My God!”と叫ぶのではないでしょうか。

 

<そんな話のあとではジャズが聞きづらいと言われそうですが、私が大変癒やさされた曲の一つが

エロール・ガーナーの「Love In Bloom」(恋真っ盛り)です>

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http://www.youtube.com/watch?v=gl7ENYh6xys

2013年10月 5日 (土)

「ハチ」‥16

 以前に「性格」シリーズで血液型のことをお話しましたが、まあ偶然でしょうが、ハチではどういう訳かB

ばっかりいるのでした(今はどうか知りません)。最初にチェックなどあるはずもなく、いつか血液型が話題に

なった時、なんや皆B型やないか!となったのです。B型の特徴としてよくいわれるのは、「マイペースで気まぐ

れ、深刻そうにして実はどこかでふざけている、お調子者の気がある」というものです。なるほど回りを見ると

そんな人ばかりでした。あのオーちゃんですら(O型でなく)B型で、皆思い思いにマイペースなのでした。その

女ボス(ゴッド・マザー)のハチママもB型でしたから、それでよくまとまったものだと思います。とにかくA

型はまじめ過ぎてハチのペースにはついて行けず、O型の人の良さではハチでは破綻してしまいます。あとAB

型は1人、2人いたかも知れませんが、要領よく適度な距離を置きながらハチの“バカ騒ぎ”に付き合っていたよ

うな気がします。本名をただすこともなくアダ名でさっぱりと済ませ、付き合いが維持されたのはやはりコアに

チが、あるいはジャズがあったからだと思うのです。本来バラバラの連中が、ハチでジャズを聞くという一点

を頼りに“気が置けない”という共通意識を(無意識に)持つことができたのだろうと思います。‥‥何やら哲

学じみてきましたが‥‥。

 血液型の「性格判断」は本当は当てにならないものです(と私は思います)。「性格」シリーズでしつこくや

りましたので、また繰り返すつもりはありませんが簡単にいえば性格は把握できるものではなく人が染める(こ

じつける)ものだということです。人の数だけ性格の数もあり、タイプ分けなど本来的に不可能なものを便宜的

に線引しただけなのです。これは詰まるところ言葉(言語)のなせる業なのです。‥‥やはり哲学的ですね‥‥。

 そしてジャズの好き嫌いというのはどうでしょうか。これはありそうな気がしますね。クラシック、ポピュラー

はいいけれどジャズはどうも‥あれは騒音にしか聞こえない、という人は多いように思います。しかし、クラシッ

ク、ポピュラーの良さが分かる人がジャズの良さが分からないということが私は分かりません。私はクラシックも

ポピュラーもロックもソウルもシャンソンも演歌も唱歌まで、これは嫌いだという音楽はありません。カラオケも

好きです(病気で1年ほど遠ざかりましたが、そろそろ行こうと思っています)。ジャズ嫌いの大半の人はいわゆる

“食わず嫌い”なのだと思います。あるいは子供の頃か若い頃に何かの機会に(演奏イベント、テレビ、ラジオ、

その他で)“騒々しい音楽=ジャズ”ということが記憶にインプットされてしまったのだろうと想像するのです。

一旦そうなると、快適な音楽はいくらでもあるので、わざわざジャズを聞く気にはならないのだと思います。これ

は考えてみれば物の好き嫌いの話であって、好みを強要できるものではないので、これ以上話は進みません。

‥‥血液型の話も、このような“毒にも薬にもならない”話が好きかどうかということに過ぎないでしょうね。

 

<バド・パウエルの「クレオパトラの夢」です。歴史的な悲劇の女王のイメージと重なって日本では

ジャズに馴染みのない人まで人気がある曲です。これを好む血液型は何でしょうかね?>

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http://www.youtube.com/watch?v=jKVSmeI8bbQ







2013年10月 2日 (水)

「ハチ」‥15

 煙草の話の続きです。煙草はいったん嗜む習慣が身につくとなかなかやめられなくなります。やはり麻薬の麻

薬たる所以なのでしょう。私はヘビー・スモーカーというほどでもなく一日一箱(20本)位のものでしたが、そ

れでもやめようと思ってもやめられませんでした。人が吸っているのを見たり、人に勧められたり、特に酒が入

ったりすると、つい少し前の決意など簡単に失せてプカプカ始めてしまうのです。そしてその後は自己嫌悪の気

持ちが生まれて、また今度こそは禁煙しようと心に決める‥‥これを何十回、いや何百回も繰り返したものです。

 逆にやめるきっかけは、30代初めの頃のこと少し風邪がこじれていた時に、食事が何とも美味くなくなり煙草

を本心で吸いたくなくなったのです。体が文字通り拒否反応を起こしたのです。風邪がなおっても今度は煙草を

吸いたいという気にはならず、そのままやめられたというわけです。あんなにやめようとしてもできなかったの

に、難なくやめられたのは考えてみても不思議なことでした。ある意味では煙草が美味いと感じているうちは体

が健康な証拠なのかも知れませんね。思い出してみれば、私の父親も大の煙草好きでしたが60代後半のある時に

美味くないからと煙草をふっつりやめてしまい、程なく心筋梗塞、脳梗塞の疾病を生じて、入退院の繰り返し→

痴呆症状→寝たきり‥‥そして亡くなるまで4年足らずだったのです。

 このようなことは人それぞれの体質なのでしょうが、煙草が美味ければ体調がいい証拠と割り切り、運が良け

ればそう深刻ではない病気を契機に労せずして禁煙はできると思っていればよさそうです。

 ハチママも煙草が好きな人でしたから、妙な言い方で失礼かも知れませんが、今でもマイルドセブンを美味し

そうに吸っていらっしゃればそれは元気な証拠ですからそうであることを願っています。

 

<煙草を唄ったジャズといえば「Smoke Gets In Your Eyes(煙が目にしみる)」がすぐ思い浮か

びます。やはり大勢のジャズメンたちが演奏していますが、クリフォード・ブラウンのトランペ

ット演奏のものと、ジャズっぽくありませんがプラターズの歌も有名ですね>

Photo

http://www.youtube.com/watch?v=26SQkl-Rp_8

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http://www.youtube.com/watch?v=Qn6Ygrp3KUY

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