« 「ハチ」‥28 | トップページ | 「ハチ」‥30 »

2013年12月20日 (金)

「ハチ」‥29

<現代ストーカー考>

‥‥徒然なるままに引っ掛かったこと‥‥

1216日のNHK「あさイチ」でストーカー特集をやっていました。主に十代の未成年が加害者・被害者となる

ケースでの当人、親や回りの者の対処方法が中心で、警視庁の担当官や心理学者が意見を述べていました。私は

これを見て大変疑問に思ったことがあります。

 一つは、加害者・被害者とも携帯・スマホを媒体としていて、これへの過剰メール、過剰電話、個人映像開

示等の方法による脅迫・報復が事件になっているのであれば、まずこの「犯罪」から遠ざかる最も効果的な方法

はこれらの媒体と縁切りすることのはずです。これらの媒体からのメールや電話に接触する可能性を遮断すると

いうことです。例えば麻薬中毒者は麻薬を続けながらこれを治療することは出来ません。まず麻薬と縁を切り、

その上で後遺症の治療に専念する(これも苦しいものと聞きます)、これが最良で唯一の方法です。これと同じ

で、まず携帯・スマホの生活環境から抜け出すことが第一歩目のはずです。ところが番組でこれを誰も言わない

のが私は不思議でならなかったのです。ストーカーは嫌だけれど携帯・スマホを手放すのも嫌では、解決が期待

できないどころか事態が改善できないままズルズルと深みにはまっていくだけでしょう。これを手放すことが困

難であるという前提をいたずらに置いてしまっている、こんなおかしなことはないのです。身に迫った深刻な事

件の渦中から脱したいなら(一時的にでも)これを手放すことができないはずはないでしょう(これは特に被害

者にとって重要な点でしょう)。

 それと、これ(過剰メール、過剰電話、映像開示等)はれっきとした「犯罪」であるという通念を一刻も早く

社会に定着させることです。学校での“いじめ”と同じで、対応の遅れが取り返しのつかない事件に容易に直結

してしまうというものなのです。ネットの世界、サイバーの世界はアクセスが容易で、そのツールの使い勝手

が大変いいため、これを悪用した犯罪(麻薬や共謀殺人等)が世の中で既に頻発しています。「恋愛」はもちろ

ん犯罪ではありません。しかし、一歩踏み外せば深刻な犯罪になってしまうという点がネット社会の危うさとし

てあるのだという認識を誰もが持つべきなのです(これはもちろん加害者にならないためにです)。

 そして、この番組で欠けていたもう一つの視点:「恋愛」の人の情(こころ)にまつわる奥深さというものへ

の配慮が欠落している点も言わなければなりません。つまり「恋愛」というもの以上に人の情(こころ)に感じ

る事柄などはないということへの洞察を欠いているということです。これは上で述べたことの反作用として出て

くることだとも言えます。これは携帯・スマホという簡易なネットツールの普及が“軽率な”恋愛事を可能

にしたツケとして、人間の本性の側から起こった“反乱”という側面なのかも知れないということです。恋愛を

そんなお気軽なものと扱うとどんなことが待っているか、思い知らされることになりますよと、本性の方が訴え

たようなものだと言っていいでしょう。‥‥「源氏物語」で語られた昔から、恋愛と死とは背中合わせのもので、

これだけは世の中がどれだけ変わろうと変わりようのない真実なのだということを今更ながらも痛感しないわけ

はいかないのです。‥‥自分の本性が相手では本質的に勝負することは不可能なのです。これには打つ手はな

く、“深く悩む”以外に逃れるすべはないと言うだけです。そして、最初に述べたことも、以下に述べることも

れを踏まえた上での話なのです。

 やって良いことと悪いことを判断すること、これは“常識”というものです。最近のネットツールの日進月歩

の変化スピードに常識が追いつけないという実態があるのかも知れませんが、常識が変わったり消滅したりす

ことは決してありません(常識の“常”は常住不滅:永遠に不変で不滅な、という意味です)。「人に危害を加

えてはならない」という常識は子供時代から教え込まれます。これは肉体的にも精神的にもという意味ですが、

精神的という点は客観性の自覚が必要なので人間的成長が伴わなければならないにしても、13才~15才では身に

具えるべきものでしょう。だとすれば、1617才位から始まる“恋愛感情”は常識が欠けるものであってはなり

ません。これに違背することをすれば犯罪となる可能性があると判断できなければならないのです。この判断能

力を具えることが困難であるはずがありません。義務教育を終了した者なら誰でも具えていなければならないも

のです。

 つまり、ストーカー被害を受けそうになったならば毅然と対処する(親、教師、警察に相談する)常識を持た

なければならず、逆にストーカー行為に及びそうになった時でもこれを自制するだけの常識を持たなければなら

ないということです。そして不幸にもこのようなことに巻き込まれそうな状況に陥った時には、まず最初にすべ

きことはこのトラブルをもたらすツールである携帯・スマホから(一時的にしろ)遠ざかることであるのが常識

と言えないでしょうか。まずそれをした上で対処を講じるというのが順序というものでしょう。

‥‥そして、それをしてもなお“深く悩む”ことを回避することが難しいのが恋愛なのでしょう。

 

<今日のジャズはJコルトレーンの「Ballads(バラード)」です。

恋に悩み、ストーカーしかねない程の人はこれをジックリ聞くといい

でしょう。酒でも飲んで、涸れるまで涙を流した後は少しは冷静にな

れるかも知れません。完全にスッキリとまでいかないにしても‥‥>

Photo


http://www.youtube.com/watch?v=rA1EZAZCq4Y

« 「ハチ」‥28 | トップページ | 「ハチ」‥30 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

こんばんはnight
遅くなってしまいました…(・。・;
こういう問題はいつからよく聞くようになったのでしょう
事件が無い日が無いくらいの日本に成ってしまい
犯罪も低年齢化してます…
世の中の常識も何が常識なのか若い子供たちそれを
親から教えて貰えないのでしょうか。常識は自分の心に成ってしまっているのかな…
常識を教える、その常識も親たちが分かってなくてはいけませんよね。
簡単には言えないかなsweat01

世の中を考えるのってとても難しいですね。

こんばんは。
人の情(こころ)を知るのは本来難しい(正確に把握できない)ものなのでしょう。
そこに文明の利器が次々に生み出され、何事も簡単に出来ると思うようになってし
まうと、それが錯覚であることが分からず、うまくいかないとイラッとして短絡的な行
動に走ってしまうという傾向が強くなるんだと思います。 。*((艸д・。`*)゜*。 
このいわば本性と現実とのギャップは相当の時間をかけないと埋まらないでしょうね。
どの位の時間が必要かは誰にも分からないでしょう。一生をかけて分かるものかも
知れません。‥今や常識を教える主体が人格を持たないマスメディアになっていると
いう点に問題の根源があるのかも知れませんね。常識は生身の人格からしか教える
ことができないのですから‥‥仰るように世の中を考えるのは難しいです。thinksweat02

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1627554/54324631

この記事へのトラックバック一覧です: 「ハチ」‥29:

« 「ハチ」‥28 | トップページ | 「ハチ」‥30 »