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2014年8月

2014年8月29日 (金)

「紫の上」‥‥若紫(6)

源氏はその後23日は参内もしないで紫の上に付きっ切りでいたのです。はやくこの姫君が自分になついでここ

での暮らしに慣れて欲しいからです。‥‥これが、部屋に閉じ込めて人にも会わせない、というようなことをす

れば最近の性犯罪と同じになってしまいますが、そんなことをしたわけではないのです。身の回りの世話をする

女房も、姫君を連れ出した別邸から呼び集めたりしながら徐々に増やしていき、習い事や遊び事の時はいつも何

人かの女童といっしょにやっていたので姫君が寂しがることなどほとんどなかったのです。

そして、手習いの場面の中に次のようなものがあります。源氏はまず自分で歌を書きます。

《ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の 露わけわぶる草のゆかりを》

(まだ枕を交してはいないけれど、しみじみと可愛く思います。武蔵野の草を分けあぐねるように、逢いかねて

いる紫草のゆかりのあなたを)‥‥いずれは私の妻になるあなたはなんて可愛いのだろう、なかなか逢えない藤

壺の宮にゆかりのあるあなたなのですよ。‥‥この歌の意味を10歳の少女が分かろうはずはありませんが、源氏

は姫君にこのように歌を書くことを教え諭すのです。姫君が「まだ、よくは書けませんの」とあどけない様子を

見せながら書いたものの、恥ずかしがって隠そうとなさるのを強いてご覧になると、

《かこつべきゆえを知らねばおぼつかな いかなる草のゆかりなからん》

(紫草と関係づける理由が分かりませんので気になります。いったい私はどんな草のゆかりなのかしら)と書か

れています。‥‥この歌自体、10歳の少女らしく子供っぽく書いたものなのですが、筆使いが亡き尼君に似てい

て筋の良さに感心させられるのです。

 これ以外にも、おもちゃの御殿を作ってたくさんの人形などを並べることに姫君と一緒に没頭しながら時を過

ごしたりするのは、諸事万般にわたって悩み事の多い源氏にとっては忘我のひと時だったのです(なにせその

頃は藤壺の宮と不義を犯したり、末摘花の屋敷に通ったりした時期と重なっていたのですから)。

 こういったことを重ねるうちに姫君はすっかり源氏に慣れ親しむようになり、源氏が不在の心寂しい夕暮れ

などばかりは尼君を思い出して泣き出したりすることはあったのですが、父宮のことは特に思い出すこともな

かったのです。もともと一緒に暮らしたわけではなかったからで、今はひたすら新しい親(源氏)を慕ってお

すがりするようになり、源氏がよそからお帰りになると、真っ先に出迎えて懐に飛び込んで、甘えて恥ずかし

がることもないのでした。

こんな姫君に対して源氏は、実際の自分の娘でもここまで気安く振る舞うことはあろうかと、まったく秘蔵娘を

持ったような思いがしてくるのでした。

<8月19、20日に登った北岳でのスナップです。最後の2枚は相棒の写真をスマホでとり直したものです>

1広河原から御池キャンプ小屋までの道は渓流と岩ばかり

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4雪渓を横目にひたすら登る

5この近くが御池小屋キャンプ地です

10翌朝4時30分出発、肩の小屋近辺から山頂を望む

11午前7時30分登頂

2014年8月21日 (木)

「紫の上」‥‥若紫(5)

いよいよ源氏が幼い姫君(紫の上)を“略奪”する場面を見てみましょう。略奪と言いましたが、今の基準で言

えば“誘拐”にほぼ等しいものでした。

 姫君の世話をしていた祖母の尼君はとうとう亡くなり、今まで疎遠気味だった実父の兵部卿宮(ひょうぶきょ

のみや)の京の別邸に姫君たちは移り住んでいました。源氏も尼君の亡くなった後に姫君を慰めに訪れてはいた

ですが、その父宮が姫君を引き取る話が進んでいることを源氏は耳にするや居ても立ってもおられず、ある日

まだ夜明け前の暗い時刻に左大臣邸からこっそり御車で別邸に向かったのです。その前の日には父宮も引き取り

の準備のため別邸に寄って姫君の様子を見に来たりしていたのですが、折も折こんな時刻に何事かとたじろぎな

がら応対する乳母の少納言をはじめお付の女房達を尻目に、源氏はまっしぐらに姫君が休息する部屋に入ると、

夢うつつの姫君を抱き起こしてしまったのです。姫君は寝ぼけ心に父宮が来たと思ったのがそうではなく源氏だ

ったことに気付くと驚いて怖がった様子を見せたのですが、源氏は髪をなでつけながら「さあ、父宮の使いで来

たのですよ。私も父と同じなのですよ」と言うと姫君を抱きかかえたままさっさと御車に乗り移ってしまったの

です。そしておろおろと途方に暮れるばかりの女房共に「誰か一人姫君についてきなさい。だめなら後からでも」

と言うと、これを止めるすべもないと観念した少納言はありあわせのお召し物を急ぎ取り出して御車に同乗した

のでした。そして最初から手はず通りの二条院の西の対に姫君達は連れ去られてしまったのです。

 乳母の少納言はまだ夢を見ているような気分で、不安な面持ちで「父宮がお知りになったら何と仰ることだろ

う、これから先姫君の身の上はどうなるのだろう。‥‥どの道、おすがりする方々(母親、祖母)に先立たれ

たことがご不運だったのだ」と泣きたくなる気持ちをじっとこらえていたのです。姫君も震えて涙ぐんだまま横

になっていて、やがて夜がだんだん明けてくると、御殿の造りや部屋の飾りだけでなく庭の白い玉砂利などの輝

くような風情が目に入ってくるのでした。それらはすべて今までの暮らしでは見たこともないものだったのです。

 日が高くなってから源氏の君も起きてきて、さっそく姫君のお世話をする女童(めのわらわ)を4人ほど付け

と、おもしろい絵や玩具や手習いの書などをお見せしながら「さあ、いいかげんな気持ちの者がこんな風にお

尽くしをする筈もありませんよ。いいですか、女は気立てが良いことが一番なのです。」ともう今から色々と

始めていらっしゃるのです。

‥‥こうして紫の上という理想の女性造りがいよいよスタートしたのです。もちろんこのような大それた事は時

の天皇の次男という親王の権勢だからこそ出来た話ですが、紫式部がこういったシナリオを設定した経緯、意図、

背景にはどのような真相が潜んでいたのでしょうか。

 

<植物園ではオミナエシ、テッポウユリ、シュウカイドウなども咲いています。

さらに変化朝顔展も開いています(変な朝顔展です!)>

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2014年8月 9日 (土)

「紫の上」‥‥若紫(4)

 宮中に戻った源氏が北山の人々(僧都、尼君)にまたお手紙をしたためて、幼い若君(後の紫の上)をなんとか自分の元

に引き取りたい意中を懇切に伝えようと消息を送ったりしていた丁度その頃、藤壺の宮は体調を少し崩したために三条の

自邸にお下がりになったことがありました。それを伝え聞いた源氏はせめてこのような折にでも宮に何としてでも逢えない

ものか気もそぞろの有様となり、あろうことか宮のお付の女房の王命婦(おうみょうぶ)に手引きを強く迫ったのです。すると

命婦がどのように謀ったのか、源氏は藤壺の宮との逢瀬を持つ機会を得たのです。宮はこのことを運命的な痛恨事とただ

思いながらも、優しく情がこもった所作はやはり格別なところの人なのだと感じさせるばかりなので、源氏はそのような思い

のたけのすべてを語り尽くそうとしても、あまりに夜は短かく夢の様な時はあっと言う間に過ぎ去ってしまったのです。

そして、後には宮も源氏も犯した不義の罪の大きさに思い至ると、ただ恐れおののくばかりなのです。‥‥その時に交わし

た歌は、

源氏 《見てもまたあふよまれなる夢のうちに やがてまぎるるわが身ともがな》

(こうしてお逢いすることができてもまたお目にかかれる夜はめったにないのですから、いっそこの夢の中にこのまま紛

れ消えてしまいとうございます)

藤壺 《世がたりに人や伝へんたぐひなく うき身を醒めぬ夢になしても》

(後々の世までの語りぐさとならないでしょうか。たぐいなくつらいこの身を覚めることのない夢の中のものとしましても) 

そしてこの後このような逢瀬の機会は二度となかったのですが、しかしやがて藤壺の宮はこの時の逢瀬で懐妊してしま

ったことを悟るのです。

  ここまで読むと、光源氏の君というのは、子供の頃から慕ってやまない藤壺の宮との逢瀬を果たし思いも伝えることが

出来ただけでなく、藤壺に瓜二つの少女(紫の上)を自分の養女として手元に置きたいと望んでいる(やがてそれも果た

されます)という、何と言う身勝手な(性的な)暴君なのかと感じてしまいます。しかもそれだけでなく、すでにこの時まで

に空蝉(人妻)、夕顔(元は頭中将の愛妾)等との逢瀬もしている(どれも中途半端、あるいは破綻の形で終わっている)

のですから。紫式部が描こうとしている“理想的男性像”とは今の基準では“とんでもないドンファン”だと言って間違い

ありません。もちろん現代と異なり当時(西暦1000年頃の平安時代)は一夫一婦制もなく、地位とお金がある男は複数

の女性を愛人とすることが許されていたのですから、今の基準を単純に当てはめてことの良し悪しを判断してはなりま

せん。しかし、そのことを起因とする様々な痴情事件を書いているのが「源氏物語」であるという側面がある点も確か

なことです。‥‥いったい紫式部はこの物語で何を伝えようとしたのでしょうか。‥‥いや、短兵急な結論を求めよう

としたらこの物語を読み解くことは出来ないのでしょう。どこまでも根気良くこれを辿って行かなければならないのです。

<酷暑の中でも可憐な花は咲いています。ナツズイセン、ニチニチソウ、ノウゼンカズラ、ハスなどです。‥‥スマホ

ではピントがもう一つですが>

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