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2014年10月

2014年10月 8日 (水)

死刑廃止(3)

Ⅲ.死刑廃止について 

 私の立場は死刑廃止反対(死刑賛成)です。以下その理由を述べてみます。

 人間が定める法律(刑法)において、その最高の極刑が死刑でないとすれば、それは無期懲役(あるいは宗教

性格を帯びた、懲役200などというもの)となります。その差異とは、死刑:生命の抹殺に対し、無期懲役:

生命(身柄)の無期限拘束という点です。これは以下の様な点において正反対、あるいは全く別物の措置である

と言えます。

 ※ここでは最終刑(極刑)という意味で、受刑者の更生・社会復帰の余地は考慮しないものとします。また冤

罪の可能性は挙証体制の制度改善の問題であり、さらに肉体の死滅に対する魂の不死という宗教的な問題も議

の次元が異なり、ここでは考慮しないものとします。 

 死刑:受刑者(被告)の生命がそこで絶たれ、人間として存在しなくなり記録だけのものとなる。

  無期懲役:受刑者の生命は維持され、社会の表舞台には出ないものの人間として存在し続ける。つまり

  最も素朴な意味において、死と生は真反対の概念である。すなわち死とは生でなくなることである。

  そして、死刑=死の受容・生の否定であり、無期懲役=死の否定・生の受容である。

 死刑:量刑を決める裁判が受刑者の生殺与奪の決定的権限を持つ。無期懲役:裁判が受刑者の生殺与奪

  の権限を持つことはない。従って、裁判官(裁判員)の負う受刑者の生殺与奪の決定資格(責任)の重

  さは全く異る。但しこの決定資格(責任)の重さとは法的なものではなく精神的なものであり、どれほ

  ど重いと思うかは裁判官(裁判員)各々の考え方次第である。

 量刑の持つ懲罰効果(社会に与える)の上において大きな差異がある。死刑:死の恐怖感を生じさせる

  点で最大の効果がある。無期懲役:死の恐怖感と無期拘束の恐怖感とは本能的基準に照らし合わせれば、

  全く次元の異なるものと言え、無期懲役の懲罰効果は死刑に比べ非常に小さいと言える。恐らくこの同

  じ事由により、受刑者による危害を受けた被害者の遺族がいる場合の遺族の納得度合い(怨念の払拭度

  合い)にも大きな差異がある。すなわち死刑に比べ無期懲役の遺族の納得度合いは非常に小さい。 

 これ以外にも、死刑と無期懲役の対比上の論点は幾らでもあるでしょうが、上の三点にほぼ集約できると思い

ます。要するに、死刑と無期懲役との差異は、重罪である量刑の重さの程度の差と考えられがちですが実はそう

ではなく、似通ったところの全くない別物であるということです。‥‥そして死刑と無期懲役のどちらが「生命

の尊厳」をより全うするものであるか考えた時、私は「死刑」に票を投じるのです。一見逆説的ですが、「生命

の尊厳」を考える上で、「曖昧さ」が死刑にはなく無期懲役にはあると、どうしても感じられるからです。

 死刑は命を奪い無期懲役は命を生かすので、これは逆ではないかと思うかも知れませんが、そこには死刑制度

が何故人間社会に存在してきたのかの視点が欠けているのです。死刑とは社会が定めた「死の掟」のことです。

人間と人間との「争い」(他への攻撃)を一旦は(そして最終的に)中止させる方法です。もちろんこれは人間

の知恵が生み出した方法で、この知恵は古今東西、歴史や文化が異なろうと万国共通なのです。何故万国共通な

のでしょうか。それは、どうあっても(裁判という話し合いの場を経由しても)最後に決着する方法が死刑に処

するという方法で、これに優る方法がないからです。乱暴な言い方ですが、人間と人間との「争い」において

“悪い”と見なされた片方の当事者が死ねば「争い」は自ずと消滅(解決)するからです。もちろん受刑者の遺

族の怨念というものが残る可能性はありますが、それ以上に社会が定めた「死の掟」の存在意義の方が優る点を

納得してもらう以外にないのです。

 私は死刑廃止を唱える国が、同時にすべての戦争行為を止めることを宣言しているのであればこの言葉を信じ

ますが、現実は全くそうではありません。例えばイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、デンマーク、スウェ

ーデン、南アフリカ、韓国、オーストラリア等々、どの国をとっても死刑廃止を憲法で定めながらも軍事力によ

る戦争行為を現に行っている国ばかりです。戦争行為とは敵国人に対する殺人(=死刑執行)ですから、あから

さまな憲法違反を問題意識なくやっているということです。‥‥道徳的観点からすればこれほど矛盾している話

はないのです。彼らが何を言おうと聞く耳を持つ価値はないということです。彼らには「あなたが死刑廃止を言

うなど千年早い!」と言い返せば済む話です。

 死刑制度は社会が存続するための要請として定められたものであるからには、死刑廃止論の正当性は、これが

死刑制度に優る社会の存続可能性の明確な根拠を示すことができるかどうかに掛かっています。しかし今の今ま

でこの根拠を示すことなどできてはいないのです。

 

<こども植物園の秋の花です。この時期は意外に花が乏しくなるのです。それでも、フヨウ、キクイモ、

コスモスなどが咲いています。>

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ここで少し気分転換!!!!!

https://www.youtube.com/watch?v=_BK3GrQ_uaU


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