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2014年11月14日 (金)

<番外編> 「時は金なり」

先日(11月初めだったと思います)晩飯時にどこかのチャンネルでやっていたテレビで、日本人の「時は金なり」

の解釈がもともとの原意(18世紀米国の政治家・実業家ベンジャミン・フランクリンの言葉)と違っており、ひ

いてはそれが日本人の時間を守る勤勉さ・実直さに通じている、というようなことを言っていました。それも米

国人と日本人の何人かに街頭インタビューして裏付けを取りながらです。

 まず米国人に聞くと、原意の「Time is money」とは文字通りの意味で、時間はそのままお金である。1時間働け

1,000円、2時間で2,000円、‥一日働けば10,000円という具合に。つまり即物的な時間給的発想であり、そこに

は道徳的な意味合いはまったく含まれず、勤勉さとも無関係なのだということです。一方、日本ではこれを、時

間はお金のように貴重なものであり無駄に過ごしてはならないという意味で使い、これが時間を良く守る(時間

にルーズでない)日本人の勤勉さの一面に通じているというわけです。こちらの根っこにあるのは、道徳的・儒

教的発想と言ってもいいのでしょう。そしてこの一面は、明治以来の日本の奇跡的な近代化を可能にした原点で

あるというようなことまで言っていました。‥これを見て、はて、これは本当なんだろうか?少し日本礼賛論的

で自画自賛し過ぎてやしないか?というのが私の正直な感想でした。

 そこでこれを少し探ってみることにしました。確かマックス・ウェーバーの有名な著書「プロテスタンティズ

ムの倫理と資本主義の精神」にフランクリンのこの言葉が引用されていたことを思い出したのです。本棚の奥に

埋もれていた本を引っ張りだして当ってみたところ、同書の初めの方で、「資本主義の精神」とはどういうもの

かを説明する上において最も適切な資料としてフランクリンが青年事業家に語った説教を引用した箇所があった

のです。そこにはこう書かれています‥‥

(同書、岩波文庫・大塚久雄訳40頁以下)『時間は貨幣だ(Time is money)ということを忘れてはいけない。

一日の労働で十シリング儲けられるのに、外出したり、室内で怠けていて半日を過ごすとすれば、娯楽や懶惰の

ためにはたとえ六ペンスしか支払っていないとしても、それを勘定に入れるだけではいけない。ほんとうは、そ

のほかに五シリングの貨幣を支払っているか、むしろ捨てているのだ。信用は貨幣だということを忘れてはいけ

ない。‥‥貨幣は繁殖し子を生むものだということを忘れてはいけない。‥‥』と続いていきます。

 それは要するに、寸刻を惜しみ、時間を無駄にしてはならない、約束の時間を守ることは世の中で成功するこ

に役立つ、それらはその人間の信用に影響を及ぼす、そして信用は貨幣だということを忘れてはいけない、‥

いう文脈の話を紹介しているのです。私は、何だ、これであれば「時は金なり」の日本人の理解とほとんど違

ところはないと言ってもいいじゃないか。反対にこの言葉を、時間=お金、と即物的に理解している今の米国

の方が、もともとの原意を取り違えていることになるじゃないか、と思ったのです。‥‥何たることでしょ

うか、テレビがコメントしていた内容は逆であり、日本人の理解が正しく、米国人の理解が誤りなのです。

 これはテレビ局(の番組編集者)が心底から間違えていたのか、あるいは“初めから結論ありき”で、米国人

へのインタビューも恣意的に編集した(そう言ってない者もいたのに)ものだったのか、果たしてどうであった

のかは不明です。しかし、日本人の学者まで登場させて日本礼賛論を展開したのですから、米国人も専門家の意

見を紹介すべきだったでしょう。‥‥そして肝心な点ですが、どちらにしても“日本人は偉い”という結論が同

ならそれでいいじゃないか、という話ではないのです。公共放送がこのような“迂闊な間違い”をしてはなら

いだろうと言いたいのです。この放送によって日本人の何百万人(?)かが、日本人は「時は金なり」の真意

(いい意味でとはいえ)誤解しているのだと思ってしまったはずです。これは最近大問題になったA新聞の慰

婦記事の捏造と同じ範疇のものだと言ってもいいのです。もっともこちらは深刻な外交問題などにはまずなら

ないでしょうが‥‥。




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コメント

こんにちは♫
スッカリ寒く成って
仕事が忙しいのと体調も…でした(^_^;)
皆空さんは大丈夫でしょうかぁ
風邪を引かない様ご注意くださいね♫
時は金成
詳しく考えると、
生きている事も貴重な時間を過ごしているのだから無駄に時を使わず
大切に生きて行こうって事かなと感想です(#^.^#)
最近のニュースを見ていても、人の命を簡単に殺めたり
どうせ死ぬのだからと内戦へ行こうとしたり
辛くなりますね。
何かを考える時間も、のちの宝に成るかもしれませんね♫

今晩は。
「時は金なり」とは、自分の生きられる時間=寿命(自分の持ち時間)という考え方を
ベースにしたもので、自分の時間は財産であるという思いから来るんでしょうね。
‥‥しかし、良く良く、良く良く、良く良く、考えてもそれが真実であるかどうかは不明
としか言えないでしょう?‥‥自分の時間(財産)が確定するのは自分が死んだ時だと
しても、それを自分では確認できませんから、結局それは無意味になります。
時間を何かに例える、あるいは何かを時間に例える、それらは皆何の意味もない、と
いうことかも知れません。
‥‥‥私もどこかしらズレているのかも知れませんねエ。happy01sweat01

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