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2015年1月30日 (金)

「六条御息所」‥‥(10)

あまりにも急な葵の上の姫君の逝去に、左大臣家の人々は度を失うほど慌てうろたえるばかりで、

源氏はと言えば、深い悲しみに加え不気味なことが重なって、弔問に訪れる人と面談するのも厭わ

しい気分におちいってしまったのでした。‥‥そして、あれやこれやの(亡くなった人を蘇生させるた

めの)の大がかりな秘法を尽くしては見たものの、日は過ぎてゆくばかりで、やがて姫の亡骸は火葬

場がある鳥辺野(とりべの)に移され、盛大な葬送の儀式が執り行われたのです。

 こうして六条御息所の怨念(生霊)によって、源氏の正室葵の上はとり殺されてしまったのです。

しかもその証拠ともいえる忌まわしい出来事を、 源氏は直接目撃してしまったのですから、源氏

が六条御息所に対して、恨み骨髄に徹するか、あるいは底知れぬ恐怖感を抱くよう になるかして、

この両人の間がまったく没交渉となってしまったのかといえば、決してそんなことはなかったのです。

ある晩秋の日の、一段と悲哀感の深まってきた頃に、源氏のもとに(弔意をこめた)青い鈍色(にび

いろ)の文が、咲き始めた庭の菊の枝にさり気なく付けられていたのです。源氏は、こんなしゃれた

ことをするのは、ことによったらあの方ではないかと見てみると、やはり御息所の筆跡で、「ご無沙

汰申してきた私の気持ちは、お察し下さいましたでしょうか」と、歌が添えられていて‥‥

《人の世をあはれと聞くも露けきに おくるる袖を思ひこそやれ》

(人生の無常‥‥女君の亡くなられたことを悲しくお聞きいたしますにつけても涙を誘われますが、

ましてや後に残られたあなた様 のお袖がどんなに濡れることかと、お察し申しております)

‥‥「思いを胸に留めておくこともできかねまして」とあります。 源氏は、常にもまして見事な文面で

あることよと思う反面、何と白々しいお悔やみであろうかと、厭わしい感じもしてくるのでした。 しか

しそれでも、この高貴な女人に対して、なしのつぶてで返事もしないでいる気にはとてもなれず、あ

れこれためらい悩みつつも、 やはり鈍色がかった紙で、「止むを得ないことで無沙汰が続いて、お

詫び申し上げようもありませんが、この間の事情のこともお分かりいただいているかと存じ‥‥」

とお返しの文をしたため、

《とまる身も消えしも同じ露の世に 心おくらむほどぞはかなき》

(後に残る者も、消えてしまった者も、同じようにはかない露の命の世に生きているだけなのに、そ

の露の世にいつまでも執着しているのは、つまらないことではないですか)‥‥「お恨みされる心は

分からないわけではありませんが、どうかお忘れになって下さ い」と詠んだのです。

 どこか奥歯に物の挟まったような、あるいは、恋着がありながらも白けた気分も漂うような文のや

り取りに見えますが、果たしてどうなのでしょうか。これはやはり、のっぴきならないところまでたどり

着いてしまった間柄であることを、お互いに知ってしまった者同士だけが交わすことのできる、和歌

の贈答とでも言えばいいのでしょう。‥‥既に、最初のこの二人の出会いの時から6年が過 ぎ、

源氏は23歳に、六条御息所は30歳になろうとしていたのです。ただし、御息所は自分の娘が伊勢の

斎宮(伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王。天皇の即位ごとに選ばれる)となることが決まってい

て、やがて都を離れ伊勢に下っていく時には、自分も母親として付き添っていこうと心に決めていた

のです。もちろんこれは、ますます縁遠くなり悩ましい怨念が嵩じるばかりとなっていた、源氏の君と

の仲をすっかり精算しようとの思いからなのです(前にも言いましたが、あの加茂神社の大祭(葵祭)

の見物も、御息所にとっては源氏の見納めの積もりだったのです)。

‥‥結局翌年の秋、六条御息所は娘とともに伊勢に下向し、源氏との関係は途絶えることになりま

す(その前に、最後の逢瀬も語られるのですが、ここでは省略します)。

 そして、このシリーズのはじめに述べました、六条御息所という不思議な女性の役割についてもう

一度考えますと、それは、華やかな源氏の恋愛遍歴を描く一方で、まだ少年であった源氏が御息所

という女性によって大人の男となったという隠された裏面を、 紫式部は語ろうとしたのだろうという

ことです。それは、別の言い方をすれば、あの<雨夜の品定め>にも出ていないタイプの女性とし

て、いわば“規格外の重要な女性”として六条御息所を登場させることにより、この物語全体に濃い

陰影感をもたらす効果をねらったのではないかということです。

(六条御息所の話はここで終ることとします)

<先の日曜日に鎌倉を散歩した時のスナップで、明王院、鎌倉宮、源氏池です>

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コメント

こんばんは♫
そちらはゆき降ってませんか
三寒四温ですが、風もあり本当に寒いですので
風邪引かないようにして下さいね

今回で終わりなの〜〜
読むのが楽しいです(^-^)
終わりは残念です~_~;
内容も読みやすかったですが、
毎回纏めるのも大変だったかと思います
ありがとう御座いました

ちかくに鎌倉良いですね〜羨ましいです( ◍•㉦•◍ )♡
ひょっとしてスナップに写っている白い服か、リュックの女性の方が奥様ですか〜〜
(^.^)

na noriさん
終わりにしたのは、とり敢えず「六条御息所」で、「源氏物語」ではないつもり
なのですが、「源氏物語」がらみが既に一年も続いてますから、ここらでテーマ
を変えるのも潮時かもしれませんね。
だとすれば、次に思い浮かぶ適当な話は‥‥ウ~ン少し考える時間が要りま
すね。ここ暫らくは山にも登ってませんし、また昔話をやるのではいよいよジジ
ムサイし、‥‥まあ、エッセイのつもりであれば、脈絡など気にせず、そのつど
思い付いたことをブログにすればいいのかもしれないですね。
‥‥ともかく、しばし考え中としておきます。thinkshine
スナップの女性の姿は、言われるまで意識しませんでした。
‥‥どこかのヒトです!!! coldsweats01

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