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2015年11月

2015年11月28日 (土)

出来ごころ・墓ごころ

「出来ごころ・墓ごころ」-⑤-

 そんなこんなで、女房と一緒にマイカーで家から近場の

4箇所の墓地を1日で回ったのでした。一箇所を、墓地の係

員に会わなければ20分位で、係員の説明を聞きながらとな

ると45分~1時間位で見て回ったのです。特段の用事もない

日でしたので、のんびりと、昼頃に家を出てから夕方の日

が暮れる前に帰ってきたのでした。私としては、事前の散

歩の下見で、自分でも意外に関心を持ったものの、もし女

房が気乗りがしないのであれば買うまでもなかろうと思っ

ていたのです。墓地探しと言っても、たまたま墓地のチラ

シ広告が目に入り、出来ごころから、物見遊山で足を向け

ただけだったのですから。

 係員に聞きながらの場合は、必ず私たちに承継者(実子

などの、墓地の権利を継ぐ可能性がある者)が居るかどう

かを聞かれました。お墓を買ってもらうに際して、業者と

しては購入者にとって実のある(買う意味のある)ものを

選んでもらいたいからでしょう。会社勤めをする息子と娘

が一緒に暮らしていると答えると、判で押したように「じゃ

あ家族墓(承継者がいる形)」がいいでしょう」と薦める

のです。私の方は「いや~、最近の子供は墓を継ぐなんて

気は全然なさそうですよ」と言っても、「子供さんがいら

っしゃるのに、最初から継がせないつもりというのもどう

でしょうかね、もちろんそれでもよろしいのですが、後悔

することがあるかも知れませんからね‥‥」と微妙な言い

方をするのです。一代限りの形の墓より承継者へ継がれる

形の方が使用期間が長い(無期限)だけ、当然のこと価格

も高いものになります。と言うか初めから墓のカテゴリー

が別なのです。一代限りの墓はいずれ個人墓としては廃止

となり、他の墓とともに合祀(合葬)され、骨も所定の場

所に合葬(埋葬)され、例えば合葬塔の傍らに名前が刻印

されて終ることになります。事実上の「無縁墓」で、最初

からこれを予定しているということです。これに対して家

族墓は代々その墓(の使用権)が承継されていくことを予

定しているということです。もちろん家族墓でも将来に代

が途切れて承継されなくなれば、墓は廃止され「無縁墓」

となるのです。

 そういうことなら家族墓を買う前に、子供にも見せてお

く方がいいだろうと思い、次の休日にでも息子、娘を連れ

て来ようということになりました。日が合わなかったので、

それぞれ別の日に三箇所(一番遠いのは既に候補から外し

た)の墓地に連れて行って見せたのです。ただ、(予想し

た通り)二人とも墓などに基本的に関心がなく、どれがい

いだろうかと聞いても「どれでもいいよ」としか返ってき

ません。二十歳台の若い者が墓に興味を示す道理などない

のです。やはり私(と女房)が買うかどうか決めるだけな

のです。‥‥そして私は、暫くお墓のことを考えるのはや

めておこうと思ったのです。

 

 

スナップは近くの児童遊園地、隣の英連邦墓地、街角のも

のです。

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3暖冬のせいか色付くのが遅いです

45楓が微かに色付いています

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78散歩途中のピラカンサの垣根

















 

 

 

 

 

2015年11月23日 (月)

出来ごころ・墓ごころ

「出来ごころ・墓ごころ」-④-

「散骨」という葬礼方法が着目され、ちょっとした話題

になったのは今から40年近い昔のことだったと記憶して

います。“自分が死んだら骨はエーゲ海に撒いてくれ”

という台詞が、何がきっかけだったのかは知りませんが、

突然登場して一種の“流行り”となり、その旧弊にとら

われない“清々しさ、カッコよさ”が世間受けしたので

す(文字通り大流行した訳ではありませんが)。しかし

その後、費用的に安価な日本の近海や国内の陸地での散

骨が行われるようになると、近海の漁場や私有地・水源

地での散骨に対し地域住民からクレームが出てトラブル

になることが多くなったのです。その結果、現在では散

骨と言っても、許可された近海や公海、公有地の海域・

空域で、焼却した骨の一部を粉状にして散骨をし、残り

の遺骨はやはり骨壷に入れて、前回述べた何らかの形の

墓地に埋葬する形のものが大部分となっているようです。

ブームの始めの頃のような、“遺体遺棄”とも誤解され

かねなかった、跡形も残さない「全部散骨」というのは

姿を消したようです。しかし、それはともかくとして、

希望すれば「散骨」という葬礼サービスを請負う仲介業

者が今は普通に存在しています。

 また世界を見渡せば、遺体を高山の断崖の上に置き去

りにする「風葬」や「鳥葬」といった埋葬の風習がある

国・地域は世界には古くからありますし、新しいところ

ではロケットで宇宙空間に散骨する「宇宙葬」なども登

場し始めています。言うまでもありませんが、自分の葬

礼事を自分が生きているうちに決めておこうとするのは

宗教的な行為です。何宗であろうと、何教であろうと、

あるいは自分の意識では無宗教のつもりでも、そのこと

自体はそれだけで宗教的なものだと言っていいと思いま

す。自分の死や死後のことを一瞬でも思うことは、それ

だけで宗教心以外の何物でもないと思われるからです。

生き物である人間が死と無縁になることなどあり得ない

という意味で、人間は宗教的なもの、宗教心と無縁でい

ることは不可能だということです。そしてそれを体現す

る葬礼の形式には、もともと定まったものなどなく、地

域、環境、民族、歴史、文化によって様々な形があり

(従って様々な宗教があり)、これからも時代の変遷や

社会の移り変わりに応じて、葬礼の形式も変化していく

ことになるのでしょう。そして人間において、既存の宗

教的な慣行から抜け出すことはあっても、宗教心を喪失

すること(宗教がなくなること)などあり得ないと言え

るでしょう。

 私にしてからが、仏教の何宗でも(キリスト教でも、

イスラム教でも、ヒンズー教でも)なく無宗徒として、

それでも墓地を持とうとしているのですが、このこと

何も矛盾を感じないのは、やはり心のどこかに(無意識

に)宗教的なものが存在していることを示すのかもしれ

ません(ハンドル名の「皆空」はただのシャレです)。

 

スナップは最近でかけた鎌倉の散在ヶ池と隣接寺で見た

歌碑です。

 

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有名な百人一首の歌ですが、私の歌も2首載せておきます。

 

「戦後70年平和でありとて 刃先の上の独楽でありなむ」

 

(一見平和に見える日本ですが、微妙な均衡の上にあって、あやうい“曲芸”のようです)

 

 

 

「降りそそぐメタセコイアの紅き針 二人踏みゆく絨毯のみち」 

 

(植物園のメタセコイアが紅葉し、園路に絨毯のように降り積もります)














 

 

 

2015年11月19日 (木)

出来ごころ・墓ごころ

 

 

「出来ごころ・墓ごころ」-③-

 

 

 昔から墓を持つことは、その墓がある寺の檀家になることを

 

意味していました。ところが最近は、墓地の所有者は必ずどこ

 

かの寺ですが、墓地の売出を行ない以後の管理運営も担うのは

 

多くの場合、専門の仲介業者(石材会社、造園会社、不動産会

 

社など)で、寺は前面には出てこない形になっています。その

 

場合は墓の購入者は無宗教で檀家にならなくても良い、戒名は

 

不要でも良い、墓の形は自由(いわゆる和型でなく洋型、デザ

 

イン型など)、法事や回向も希望しなければ不要、という具合

 

で従来なら彼岸、盆、正月には付きもののお寺との付合い事を

 

遮断することができるのです。つまり個人にとって購入墓地の

 

使用権は仲介業者との間で結ばれ、お寺との関係ではないとい

 

うわけです。もちろん葬式はその墓地が帰属する寺で(その僧

 

正に)やってもらうことが出来ますが、希望すれば他の寺でや

 

ることも出来ます。これも皆仲介業者を通じるのです。葬式事

 

以外の日常の生活では仏教とほとんど縁がなく、事実上仏教の

 

知識も仏教心もない多くの現代人(私も)向けの墓地システム

 

と言えばいいでしょう。

 

 これは戦後顕著になってきた核家族化、少子化、非婚・単身

 

化といった社会の動きに対応したものなので、まだ今後も少し

 

ずつ変化していくように思います。例えば、承継者(子供等)

 

がいない世帯向けの永代供養墓(17年、30年、50年などで管理

 

期間を決め、その後は合祀する)はマンションのような墓です

 

し、墓地に隣接した樹木の傍らに遺骨を埋葬して小さなネーム

 

プレートを添える樹木葬などもあり、これらは簡素で費用も安

 

いシステムになっています。また最近のペットブームを反映し

 

てペット墓も作られていますが、家族墓にも事実上ペットの遺

 

骨を納めることを黙認することが行われています(埋葬という

 

ことではなく、納骨スペースにペットの遺骨を置くだけ)。要

 

するに、今生活している人間の事情や都合にマッチした墓地の

 

形式が次々に出てきているのです。‥‥ただし以上のことから、

 

日本人の精神生活面で宗教心が喪失してきていると断じること

 

はできないと思います。お墓(葬式)の簡素化と宗教心の喪失

 

とはまったく別次元の話だと思うからです。

 

まあともかく、リタイア生活に入って暇な方は、ついでの時

 

にでも手近な場所にある墓地をブラリと散歩してみるのもいい

 

と思います。すぐに気が付くのは、お墓の形がずいぶんバラエ

 

ティーになった点でしょう。昔ながらの石仏型、三段重ねの直

 

方体の墓だけでなく、むしろ新しい墓は、そう背高でないシー

 

ト型やノートブック型の石に「絆」「平和」「やすらぎ」‥

 

‥といった言葉を刻したものが多く、色も灰色~漆黒だけでな

 

く赤、茶色、ピンクと実に色彩豊かな墓がそろっていることに

 

驚くのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スナップは鴻池朋子の「根源的暴力」です(神奈川県民ホール

 

ギャラリー)。

 

 

牛革にクレヨンと水彩で色彩をほどこしたもの、羊毛フェルト

 

と鳥の羽、素焼き粘土などを用いています。作者は東日本大震

 

災後に秋田に拠点を置き作り続けているのです。

 

 

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皮緞帳(左)は幅10mを越える巨大さです    着物 鳥(右)は羊毛フェルト、羽です

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異様な雰囲気です

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人形に被せています(右)

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何物かの顔でしょうか

 

 

 

 

 

 

 

2015年11月14日 (土)

出来ごころ・墓ごころ

「出来ごころ・墓ごころ」-②-

 

 

 

 女房は23年前に、自分が死んだらどこかの海に散骨してくれれば

いいというようなことを言ったことがありました。確か近くのファミ

レスで家族で外食した時にそんなことが話題になったと記憶していま

す。下の娘などは近くの公園の桜並木の下あたりがいい、春は眺めが

いいから、というようなことを言い、息子はどこでも、家の庭でもい

い、と言うのでそれには「勝手に埋葬するのは法律で禁止されてるよ」

と教えると、「へー、じゃあマメ(飼犬)はどうするの?」と言うの

「マメは庭でもいいかな~」と言うと「何で犬は良くて人間はダメ

の?」と、キリがなくなりそうなので、「犬と人間を一緒にして考

られる訳がなかろう、まあこの話はもういい」と周りを気にしなが

ら、他の話題に切り替えたのでした。

 

 

 マイカーで近場の墓地に向かいながら、女房に「母さんはやっぱり

散骨がいいんだっけ?」と話を振ると、曖昧に「‥それもいいと思っ

ているけど‥」と言った後「お父さんは何故お墓を探す気になったの

?」と逆に聞かれ、「いや、特に理由はないけどふとお墓を見てみよ

うという気になって‥もともといつか墓を買おうとは思っていたから。

‥‥その気が失せたら、また当分の間は考えることはないだろうけど」

などと話しているうちに最初の墓地に着いたのです。ここは家から歩

けば40分位かかる一番遠いところですが、一番大がかりに墓苑が広が

っているのです。散歩でも最初に来たのがここで、その時は女性係員

に説明を聴きながら案内されたのです。

 

 

 今まで墓地に興味などなかったので当然ですが、改めて自分が墓地

のことを(墓地の購入ということを)何も知らないということに気が

付きました。家とかマイカーの購入と同じ、不動産、資産の取得だろ

う位に思っていたのです。それで係員の話を聞くと、墓地の購入とは

所有権ではなく使用権なのだということを知ったのです。「墓を買う」

と普通に言いますが、それは墓の土地を買うのではなく、墓の土地の

使用権を買うということだったのです。それで「永代供養(使用)料」

いうものがあると。

 

 

 

 

1112日に例月のカルチャーで大船界隈の寺社を巡りました。

妙法寺⇒北野神社⇒大慶寺⇒駒形神社⇒東光寺⇒梶原景時墓などです。

Photo妙法寺 地味なトタン屋根の寺です

Photo_2北野神社 京都の北野天満宮ゆかりの神社

Photo_3大慶寺

Photo_4駒形神社 神楽殿

Photo_5東光寺

Photo_6等覚寺

Photo_7Photo_8
梶原景時(かじわらのかげとき)の墓が大船の深沢小学校の裏地に

ひっそりと佇んでいます。梶原景時は鎌倉前期の武将で、石橋山の

戦いで頼朝が敗れた時に敵であった頼朝を見逃して救ってやったの

です。やがて頼朝が鎌倉幕府の将軍になると、景時は頼朝の重臣

に取立てられます。景時の入れ知恵で頼朝が弟の義経を失脚させ

るなど知略家でしたが、頼朝の死後は他の重臣に疎んぜられ追放

されました。鎌倉幕府の大立者の一人でしたが、最後は幕府に反旗

を翻したあげく、謀殺されたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年11月11日 (水)

出来ごころ・墓ごころ

 

 「出来ごころ・墓ごころ」-①-

 

 

 この一ヶ月余りの間「墓地探し」をしておりました。家から歩いても

行けるような近くで墓を売り出しているところが4箇所あり、順に見て

ったのです。長男等で実家の墓を継ぐ人でもなければ、誰でも自分の

をどうするかはどこかの時点で考えるのが普通でしょう。一生独身を

す人でも、自分が死んだ後に自分の遺骨をどうするかは、どういう契

でかは色々でしょうが必ず頭によぎるはずです。私は五人兄弟の末っ

で自分の世帯を持つ身ですから、いつか自分の(我家の)墓を持つの

と漠然と思ってはいましたが、当分先のこととしてほとんど念頭にな

まま来ておりました。

 それが、還暦を5年過ぎて、最近親類縁者の訃報や法事がめっきり増

今年、夏が終わる頃に、それまで見過ごすだけだった新聞の墓地の

シ広告にふと目が留まったのです。「ふーん、この近所にも売出し

があるのか」と手にとって見ると、散歩で行けそうな場所が幾つも

たのです。それで10月になったあたりで、時々いつもの散歩コース

し変え、頭に入っていた墓地まで足を向けたのです。これは文字通

んの「出来ごころ」からでしたが、いざ実際に売出物件を見て、時

そこにいた墓所の係員に話を聞いたりするうちに、本気で検討して

うかと「墓ごころ」が生まれてきたのです。

 

 そして2週間位で4箇所の墓地をひと渡り自分で見終わったところで、

女房に墓のことを話したのです。「この近所の墓地を幾つか見たけど、

今度お前も見に行かないか?」と。女房は私が墓地に関心を持ったのが

不思議だったようで、「‥‥ふーん、まあいいけど‥」と気乗り半分と

いう顔でした。

 

 

 

 スナップは、墓とは関係ありませんが、先週こども植物園で見た菊、

 バラ、たわわに実った柿です。

 

 

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