« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »

2016年5月

2016年5月24日 (火)

塔ノ岳へ山歩き

21日は前日に思い立って丹沢の塔ノ岳(とうのだけ)に行って来ま

した。昨年は隣の鍋割山(なべわりやま)に行ったのですが、今回

4年ぶりに塔ノ岳に登ってみたい気になったのです。

小田急の渋沢で降り、バスで大倉バス停にほぼ9時に到着、そこ

からひたすら尊仏山荘(そんぶつさんそう)を目指してスタートしま

した。晴れ、気温24度の絶好の登山日和です。観音茶屋、見晴

茶屋までなだらかな坂道だったのが、そこから急な階段道(丸

太を横に渡した道、平板のすのこを裏返しに敷詰めた道)とゴ

ロ石の道となり、ペットボトルの水分を補給しながらマイペー

スで峠「金冷シ(きんひやし)」まで2時間40分かかりました(3

 4分の休憩は3回)。地図上のコースタイムより25分早いペース

です。この峠の名前は山が男の独壇場だった頃の“なごり”に

よるのでしょう。今は痩せ尾根が半ば崩れかかっていて、人工

的な階段の峠となっています。この辺りにはミツバツツジが群

生していて、ちょうど鮮やかな紫の花が咲き誇っていました。

ここから最後の急な階段道が続きますが、30分もかからず頂上

に辿り着きました。時刻は12時丁度で大倉バス停から3時間余り、

やはり地図のコースタイムより30分早く着いたのです。日頃の

運動ウォーキングの成果はあったようだと満足でした。

 

6_2 8_2

<塔ノ岳へふたたび辿る「金冷シ」ミツバツツジの紫萌えて>

 

 

「金冷シ」の手前で眺望が開けたところがあり、塔ノ岳が目の

前に迫り、その向こうに丹沢山と最高峰の蛭ヶ岳(ひるがたけ)

 が見えました。本格的な登山者ならこれを縦走するのです。

 

1_3目前の塔ノ岳

2_3真中が丹沢山奥が蛭ヶ岳

<塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳これより三役そろい踏みかな>

 

4_25_2

3_2霞で富士山は見えず

昼食のおむすび弁当を食べた後30分休憩して、帰りの下山ス

タートです。私の場合、急坂を下るときは両手ストックが必

須(膝痛防止)なのでこれをフルに使い、休憩は1回だけ、所

2時間丁度の15時に大倉バス停に帰り着きました(地図のコ

スタイムより20分早い)。

‥そしていつか三山縦走を思い描き電車の帰途についたのです。

 

ついでに詠んだもう一首

<梅雨近く蝉の一世(ひとよ)を思い痺(し)る地下(じごく)の七年地上(しゃば)での七日> 

 

家で咲いたアマリリスの仲間の花です

2_4Photo

 

2016年5月17日 (火)

オバマ大統領の広島訪問

オバマ大統領の広島訪問

 

アメリカのオバマ大統領は、今月2627日のG7伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の後広島を訪問することを正式に公表しました。これは日米間に限らず世界の政治上でも疑いなく非常に意義の大きいことです。

 

私は20世紀の世界の三大事件は何であるかと問われれば、①アメリカの広島・長崎への原爆投下、②共産主義国家ソビエト連邦の誕生と消滅、③ユダヤ人国家イスラエルの成立、と答えます。20世紀の事件とはいえ、どれもミレニアム次元の、つまり千年単位で見ても候補にあげられる程の大事件だろうと思います。ソ連とイスラエルのことはここでは触れませんが、原爆投下について何故これが大事件なのかを以下のように説明してみようと思います。

 

人間は太古の昔、寒さから身を守るために「火」の活用に目覚めました。この火の活用は食する対象の拡大であるとともに、火によって加工できる銅、鉄といった金属でできる刀剣、槍といった武器をも生み出しました。この武器は狩猟はもちろんですが戦争(戦闘)における強力な道具となり、火薬や石油といったやはり火の活用技術の進歩と相まって、民族間、国家間の戦争の行方を左右する手段となりました。そして20世紀の第二次世界大戦の末期にアメリカは核技術を兵器に応用した原爆を開発したのですが、この核兵器が現時点では最も強力な武器であることを疑う人間は一人もいません。これが最強兵器であることを世界に知らしめる証拠となったのが広島・長崎への実際の原爆投下だったのです。日米戦争の末期、アメリカの勝利が99.9%間違いなく、長引いてもその年の内には決着が見えていた段階で何故アメリカは敢えて原爆投下を行なったのでしょうか。よく尤もらしく、「戦争を早く終結させ兵士の死亡増加を止めるため」、「ソ連の日本への進出を食い止めるため」(ひどいのは「民主主義のため」というのもあります)とか言われますが、これはどれも後講釈に過ぎず、真実はアメリカが自分で開発した原子爆弾の実際上の威力を確かめたかったからに違いありません(画期的な技術を確認したがるのはいわば「人間の本性」です)。そしてその結果は恐らくアメリカの予想を数倍(数十倍?)上回るものだったということでしょう。そして大戦終結後から現在にいたる、そして未来にわたる国家の「核兵器による軍備」の形を決めることになったと言っていいでしょう(直接保有していなくても安保条約の下で「核の傘」に入ることも当然含みます)。もちろん、その後世界各地で戦争(紛争)は後を絶たないものの、今までのところ、核兵器の実際の使用はなく、核兵器保有国の数も10か国未満ですが、近い将来には、日進月歩の技術進歩により核兵器のコンパクト化が図られるとともに、核兵器保有国の数も格段に増える可能性は残念ながらかなり高いと予想できます。つまり核兵器が通常兵器化するということです。その時は世界のどの国も(テロリストも!)核兵器を保有するという形になるでしょう。

 

最近になって、オバマ大統領が音頭を取って「核兵器廃絶」へ向けた模索が始まりましたが、このアメリカの動きは如何せん「核兵器保有国」のエゴイズムの域を出ません(核兵器を最大保有する国が「私は持ってるけどあなた方は持つのは止めましょう」という理屈の説得力がまったくないのは当たり前のことです)。不幸にも核兵器の恐ろしさは広島・長崎の原爆投下で証明されてしまいましたから、これからの世界は核兵器の改良を重ねていく一方で核兵器廃絶の方法も更にいっそう深刻に模索していくという、一見矛盾した動きを続けていくのが現実であろうと予想できます。一見矛盾と言うのは、実はそこに共通してあるのは「恐怖心」に他ならないからです。人間は「恐怖心」故に強力な兵器を欲しがり「恐怖心」故に兵器の消滅を欲するということです。この動きは展望できる限りの未来まで続いていくのが間違いないように思います。‥‥私にはもちろんこれを解決する方法など思い付きませんが、一体誰かこれを解決できる人がいるのでしょうか。これを“難問”と言わずしてこの世に難問などないのではないでしょうか。人間から「恐怖心」を取り除くことが不可能であれば、この“難問”は決して解けないと言い切ってもいいでしょう。私はオバマ大統領の強い意志を尊重しこそすれ、これに冷や水を浴びせようとは決して思いません。しかしこれを達成することが生易しいことでは絶対にないことは断言したいのです。例えば今後、「核兵器廃絶主要国会議」が開かれるようになったとしても、この難問がすんなり解ける保証など何もないと言った方がいいのです。世界中の人間が(しかもこれから生まれてくる人間も含め)、唯一人の例外もなく、これを解決すべき“難問”と認識できた時にのみこれが解ける可能性が見えてくるのでしょうが、そんなことは“絵空事”という以外にないでしょう。

 

‥‥この“難問”の解決はとにかく覚束ないものだという認識こそがスタートラインなのです。最初に述べました、「アメリカの広島・長崎への原爆投下」がミレニアム次元の大事件というのはこの意味です。今回のオバマ大統領の広島訪問は、裏を返せば以上のことがもはや隠蔽できないことになってきているということなのではないでしょうか。

« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »