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2016年6月

2016年6月 9日 (木)

モハメッド・アリ

20世紀最高のプロボクサーだったモハメッド・アリが63

(日本時間4日)74歳で亡くなりました。もともとの名前は

カシアス・クレイで、それでプロデビューしヘビー級の世界

チャンピオンになりましたから、私の世代では「カシアス・

クレイ」の印象の方が強く、実際に本名を変えてからも日本

のマスコミでは数年間(5年間位?)カシアス・クレイのま

までしたので、それはそれで当然だったと思います。

 

そして、何といっても登場の仕方が衝撃的だったのです。当

時のヘビー級チャンピオンはソニー・リストンという囚人上

がりのボクサーで、これが日本でも人気があったフロイド・

パターソンを2度続けて1RでKOしたチャンピオンだったの

で誰もクレイが勝つとは思わなかったのです。しかしいざ試

合が始まると、クレイはヘビー級では考えられない軽快なフ

ットワークでリストンの強打をことごとく空振りにさせ、時

に鋭くストレートを打ち込むという戦法で徐々にリストンを

追い詰めていったのです。これが後に「蝶のように舞い、蜂

のように刺す(Float like a butterfly, sting like a bee)」と自ら名

付けたボクシングスタイルだったのですが、リストンは7

ウンド目で戦意喪失しTKO(テクニカルノックアウト)で勝

負がついたのです。この時のクレイの騒ぎ方がまた並大抵で

はなく、リング上で“見ろ俺が言ったとおりになったぞ、俺

こそが一番強い(I’m the King ,I must be the Greatest !)”と

万歳をして大声でリング上を跳び回ったのです。日本で初め

て放映されたクレイの試合の姿がこれだったのですから、誰

もが例外なく非常に驚いたのです。とにかくデビュー間もな

い時から、自分より上位の実力者に対して「オレは奴を○○

 ラウンドで倒す」と公言して対戦に臨み、予言の通りとは限

らなくても、実際に勝ち続けたので、あっと言う間に時代の

寵児にのし上がったのです(この時22歳)。ボクシングの最

重量級の世界チャンピオンですから、真に世界で一番強い男

と認められたのですが、実力と発言力(big mouth、ホラ吹き

クレイと呼ばれた)がこれほどマッチした人物など、スポー

ツの世界でそう滅多にいるものではなかったのです。そもそ

もボクサーという人間に対するイメージは“寡黙で、闘志を

内に秘めた男”というものが普通でしたが、クレイはまった

く真逆の人間として登場したのですから世間が(世界中がと

言っても大袈裟ではなく)大いに注目することになったので

す。クレイの登場以降、よく喋るボクサー(スポーツマン)

は珍しくなくなりましたが、それが真に知的(詩的)なレベ

ルのボクサーは私の知る限り未だ一人もいません。この点で

クレイは世にも稀な人間でした。

 

それと何と言ってもそのボクシングスタイルが革新的だった

のです。ヘビー級のボクサーと言えば、レスラー並みの体格

をした男が、ノッソリ、ノッソリと動きながら腕をブンブン

振り回し、当たれば相手はぶっ倒れる、というのが定番だっ

たのが、クレイは軽量級のボクサーのようなフットワークを

使い、ここぞとみるや目にも止まらぬ風車のようなパンチを

見舞い、それで仕留めるという本当に鮮やかなものでしたか

ら、逆に軽・中量級のボクサーにも影響を与え、スタイルを

真似する者が大勢出てきたものです。

 

ところが、チャンピオンとなったその時期にクレイはイスラ

ム教徒になり(その時モハメッド・アリに改名。その陰に

「マルコムX」という急進的イスラム教指導者が存在した)、

ベトナム戦争のさなか、徴兵を拒否したことでチャンピオン

のタイトルだけでなくライセンスも剥奪され、3年半の間ボク

シングの世界から遠ざかることを余儀なくされました。心身

ともに、飛ぶ鳥を落とす勢いで上昇中だったクレイにとって、

やはりこのブランクは私は今でも残念でなりません。この後

ボクシング界に復帰して(名前もモハメッド・アリが定着)、

 2度もチャンピオンに返り咲くのですが、以前の華麗なフット

ワークは姿を消してしまったのです。加齢も手伝ってクレイ

の体型は筋骨隆々型となっていきパンチ力は以前より増した

ものの、あの“蝶のように舞い蜂のように刺す”スタイルは

ほとんど影を潜めてしまったからです。私は今でも「カシア

ス・クレイ」と「モハメッド・アリ」はいわば別人と言った

方がいいと思っています。モハメッド・アリとしては、例え

ばジョージ・フォアマンを倒した史上に残る試合もありまし

たが、カシアス・クレイはそもそもあんな戦い方(相手に打

たせて疲れさす)はしなかったからです。カシアス・クレイ

は相手に自分を触れさせずに戦う戦い方をしていたのです。

クレイの言葉に「人間の体は体重に比例してパンチ力は増す

が、耐久力は追い付かない」というのがあって、その意味を

心底から理解してそれに対応したボクシングを実践していた

ということだったのです。

 

最後に、カシアス・クレイ(モハメッド・アリ)自身が最も

敬愛したボクサーはシュガー・レイ・ロビンソンであったと

いうことです。1940年代~50年代にウェルター級、ミドル級

の世界チャンピオンとして活躍した黒人ボクサーです。ちな

みに“シュガー(sugar)”とはボクサーに与えられる最上級

の敬称で、「シュガーのようにスウィートな(華麗な、滑ら

かな)」という意味合いだとされています。このシュガーが

冠せられたボクサーは他にシュガー・ラモス(フェザー級)

とシュガー・レイ・レナード(ウェルター級)位で共に世界

チャンピオンですが、元祖はシュガー・レイ・ロビンソンな

のです。彼はボクシング関係者の間では今でも「全階級を通

じて史上最高のボクサー」と評価されているのですが、その

ボクシングスタイルがまさにカシアス・クレイの全盛期の戦

い方とそっくりだったのです。私はある記録映画で見たこと

がありますが、繰り出すパンチ、フットワーク、スピードの

どれをとっても“鮮やか”としか言いようのないもので、ハ

ハーン、これにクレイは憧れたのかと納得したものでした。

 

私の予想では、いずれそのうちに“モハメッド・アリ追悼記

録映画”のようなものが出てくるのではないかと思っていま

すが、それはシュガー・レイ・ロビンソンの映像も含む、ク

レイの全盛期の試合が編集されたものとなるはずですから、

その時は絶対に見逃さず、出来ればビデオも入手したいと今

から期待しているのです。

Photo_2 カシアス・クレイ

 

Sugar_ray_robinson_1966_2 シュガー・レイ・ロビンソン

 

蛇足ですが短歌を3

<アリ逝きぬ黒き拳に矜持を湛へ“蝶のように舞い蜂のように刺す”>

 

<リストンと今度は天で戦はむ“蝶のように舞い蜂のように刺す”>

 

<ボクシングをサイエンスへと引き上げし“蝶のように舞い蜂のように刺す”>

https://www.youtube.com/watch?v=6KuOS1DEVXU

 

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