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2016年8月

2016年8月27日 (土)

短歌(夢うつつ)

最近明け方に二つの夢を見ました。いや、同じ夢を見続けていた

のかも知れません。50年以上も昔の中学生の時の夢で、一つは数

学の授業、もう一つは保健体育の授業の夢で、それも共に先生が

授業の途中から自習となった時のことです。

数学の先生(男)の場合は、教科書の勉強は終了していたので数

学がらみの雑談のような話から始まり、そのうちに他のクラスの

ことでやはり自習の時の話となり、ある女子生徒(学年でトップ

クラスの成績の)が小説を読んでいたのに気が付き、先生は黙っ

て見過ごしたものの、非常に憤慨したということを話し出したの

です。「自習とは言ったけど、小説を読むのはなー、おかしかな

いかー、えー?!」と、思い出しただけで少し興奮した様子で、

私たちに同意を求めたのです。数学の時間の自習ならやはり数学

の自習をするのが普通だろうし、私もそうします。従って私は

「へー、それもありなのか、ちょっと変わった子だな。でも先生

は面白くなかったんだ‥」と思ったのです。

保健体育の方は、時間が半分過ぎたあたりで自習となったのです

が、ややあって、突然先生(男)の「自習したくないなら教室か

ら出ればいい!」と言う甲高い声がしたので、そちらを振り向く

と一人の女子生徒に言ったのだと分かりました。それはクラスで

一番可愛く頭もよい生徒でしたが、なんと自習で編み物をしてい

たのです。先生に叱責され、きまり悪そうに俯いたままでしたが、

教室から出てはいきませんでした。私は「あ~あ、編み物とはな、

そりゃ怒られるわ、可愛そうだけど」と思ったものでした。また

その先生が怒ることも珍しかったのです。

ともに学年末近い時期で時間が余ったからだったのでしょうが、

そもそも自習などは年に一度あるかないかというものでした。そ

れにしても、普段の先生の授業風景からは考えられない出来事だ

ったので、強い印象を受け記憶に焼き付いたのだろうと思います。

そしてあえてその強い印象の理由を挙げれば次の点だったでしょ

うか。

 自習の仕方が私から見て型破りなものであった。

 考えてみれば“自習の規則”など聞いたことはなく、その教科

以外のことを自習するのは、先生にとっても盲点であった。(小

説や編み物でなく、理科や英語だったとしても問題だろうか)

 

それにしても、何年か前に久しぶりの同窓会で顔を合わせた時に、

保健体育の彼女に冷やかしの思い出話をしたことはあったにして

も、そのエピソードが夢に出たことは今までなかったと思うので

すが。‥‥これは、数日前まで夜昼となくリオのオリンピック漬

けになっていたこと、エピソードが確か東京オリンピックがあっ

た年のこと、最近とみに古い夢を見ることが増えてきたこと等々

が混然となった結果なのかも知れません(歳のせいでしょう)。

 

 

最近詠んだ短歌から5首ほど‥

 

<ツクツクと意味なき蝉の声遊び 共鳴しつつ息尽きるまで>

 

<明けに見し子供の頃の自習の夢 読書と編み物するは誰ぞ>

 

<ジャズ喫茶俯いて聴くバド・パウェル 冷めたコーヒー半分残し>

 

<スポーツは戦争好きの性(さが)のなすカタルシスかな滅びぬための>

 

<真昼間のミモザの陰に一陣の風吹きわたる 秋は来にけり>

 

https://youtu.be/6KuOS1DEVXU

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