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2016年9月

2016年9月22日 (木)

アメリカ大統領選

アメリカ大統領選の行方

アメリカ大統領選は実質的にあと2か月を切りましたが、民主党

クリントン、共和党トランプのどちらの候補者が選ばれるかは

予断を許さない状況となっています。秋口まではクリントン候

補が一歩リードの観測が強かったのですが、9.11追悼集会時での

同氏の肺炎症状が明らかとなってから以降、同氏の体力面の不

安要素がクローズアップされ始めたからです。世界の覇権国ア

メリカの大統領と言えば世界で最も過酷な立場に置かれる大統

領です。その強いリーダーシップは知力・判断力はもちろんで

すが、ちょっとやそっとの苛烈な状況でもビクともしない体力

の支えがあってこそ果たされるものだと言って間違いありませ

ん。先頃オバマ大統領が来日してサミット出席・広島訪問をし

た時のテレビ映像では、大統領につかずはなれず影のように随

行する補佐官の姿が映っていましたが、彼はいつも黒いスーツ

ケースのようなものを携えていたことに気付いた人はいたでしょ

うか。あの中身は核ボタンコードの入力装置です。アメリカが

いつ何時核攻撃を受けても、それを迎撃し、同時に核攻撃する

権限を大統領が持っているからなのです。日本の総理大臣の立

場からは想像の及ばない権限です。これこそが、身も心もとも

に健常でないものには任せられない職務だと言われる所以なの

であり、その意味で<アメリカの大統領はタフガイたるべきこ

と>を要求される地位なのだということです。このいわば“不

文律”に今回の二人の候補者は若干ながら抵触する余地がある

と言わなければならないかも知れません。クリントン氏は身

(体力)の点で、トランプ氏は心(判断力)の点でというわけ

です。もちろんどちらにも有能な副大統領、大統領補佐官、総

務長官、財務長官等のスタッフが着任するでしょうから重要な

場面で大統領が文字通り“孤立”してしまうことは考え難いで

しょうが、そうは言え絶大な権限と責任を持つ立場であること

は間違いありません。果たしてアメリカ国民は、その絶大な権

限を二人のうちどちらに与えることになるのでしょうか。

‥‥オバマ大統領は歴代のアメリカ大統領の中では出色と言っ

ていいほどソフトな(その意味では平和主義の)信条の大統領

でしたが、次の二人はどちらがなってもとてもこうはならない

ような気がします。クリントン氏は女性だからソフトだろうと

言う根拠など何もないですし、トランプ氏はこれまでの発言

(暴言)をそのまま政策として実行すれば、世界の政治が大揺

れに揺れる事態となるでしょう。

日本にとっては政治的にも経済的にも、過去70年間にはなかっ

た極めて厳しく難しい状況が訪れそうな気がするのですが、私

の思い過ごしでしょうか。

 

 

スナップは近くの公園で咲いていた彼岸花です。この世の花で

すがあの世を髣髴させるところがあります。

 

1 2

3 4

56

 

短歌を5首ほど‥

 

<大統領核廃絶を唱えしも核のボタンは常に随え>

 

<トランプは偽悪者なのか分からねどアメリカ人は

タフガイが好き>

 

<泰平の眠りを覚ますトランプ氏 金で平和を

買う限界か>

 

<つれづれにコーヒーいれて窓みればヒコーキ雲が

南へくだる>

 

<セロニアス一人奏でるその音の夜のしじまの

「ルビー・マイ・ディア」>

 

https://youtu.be/jymS_7zyy7c

 

2016年9月 7日 (水)

スポーツ中継番組の精神論

 スポーツ中継番組を見ていると頻繁に出てくる話に精神論が

あります。これは特に日本の解説者(スポーツ記者やアナウン

サーも含む)が何かというと強調するポイントです。スポーツ

の種類は野球、サッカー、相撲、ボクシングから、オリンピッ

ク競技全般、それもプロアマ問わずすべてのスポーツ競技にわ

たっていて、その勝敗の結果を左右する重要な要因に選手(又

はチーム)の精神(気持ち、根性、スピリットほか色々な言い

方があります)を挙げて説明するというものです。いわく「こ

こで大事なのは精神力です」「あとは精神力だけです」「どれ

だけ精神面で勝っているかです」「ここからは気持ちの問題で

す」‥‥というような調子のものです。しかし、スポーツ競技

は第一義的にはフィジカル(物理的、身体的、肉体的)な力の

優劣を競うというものです。さらに最近は、これに科学的な手

法を積極的に取り入れて、競技に必要なトレーニング方法の追

及、運動筋力の強化を図るだけでなく、野球などのチーム競技

ではデータ分析を細かく取り入れて、例えば投手では100球以上

の球数を投げると球速や、制球力が著しく落ちる、左打者は左

投手に対する打率が低い、打者の打球方向の傾向に守備位置を

動かす、といった統計的データを作戦に取り入れる場面が非常

に多くなっています。競技の種類により様々ですが、最終的に

は試合で「勝つ」ことを目標にして科学的と言われる手法を取

り入れているのです。(筋肉増強剤などの薬物使用問題はここ

では論外です)

 日本での精神論の強調は、半面でデータ活用・科学的トレー

ニングの導入の遅れと対になっている観があります。私は、ス

ポーツ競技においてはデータ活用・科学的トレーニングの十分

な裏付けがあれば選手は自ずと自信を備えるので、精神論など

はまったく無用だと思います。理にかなった練習を積み重ねて

精神的にも充実している選手は、試合になれば自然にベストを

尽くすはずで、そこで余計な緊張をしないようにリラックスす

るためのアドバイスこそが効果があるのであって、そこに精神

論のプレッシャーを加えても逆効果となることの方が多いでし

う。そして結果的に相手が勝てばそれは相手の実力が自分よ

勝っていたと言う以外にないことです。従って、負けたこと

反省するとすれば、相手がどのようなトレーニングを積み重

て力を付けたのかを分析・解明をすることでしょう。ここで

精神論など無関係です。

‥‥結論を言えば、スポーツ競技における精神論は、競技をす

る選手ではなく、回りの観客・視聴者(これは専門解説者から

なるファンまで含みます)の中にある問題なのではなかろう

ということです。つまり選手の話ではなく、傍で観ている者

の話(印象)に過ぎないということです。そして精神論を強調

する解説者は“無意識に”(とはいえ実は、解説者は自分の声

が選手に届くものではなく、自分の声は視聴者に向けたもので

あることは知っていて)観客・視聴者に迎合しているのです。

競技の者である選手(監督、コーチも含む)と観客・視聴

者とはそれ程のたりが常にあるのが現実だと思えばいいでし

ょう。ですから、試合に勝利した場合は選手も観客も一緒くた

に喜び合って問題が表面化しませんが、敗北した場合は観客に

よる選手に対する精神論的非難(ブーイング)がまき起こるこ

とが少なくありません。しかし、これほどトンチンカンなもの

はないのだということです。

 いよいよ4年後に東京オリンピックが迫る中で、スポーツ中継

番組では“精神論的雰囲気”がさらに一段と優勢になりそうな

予感がしますが、私は逆に日本人がどれだけ頭を冷静に保てる

のかを試すいい機会だと思うのです。

 

 

スナップは最近の散歩公園でのものです。

1_2 2_2

Photo_23_2

 

 

短歌を5首ほど‥

 

<防災日油断どころか次々と地震・台風ところかまわず>

 

<念のため念には念を入れてみてなお念入りに念押しを

せよ>

 

<黄泉のはて北回帰線のあたりまで雁はゆきたり神のま

にまに>

 

<カフェ並ぶグリーン・ドルフィン・ストリート永遠に

過ぎゆく時間がありて>

 

<カナカナも間近で聞けばガキョガキョと身を刺すほど

の音をたてたり>

 

 

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