« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016年11月

2016年11月23日 (水)

天皇譲位について―その2―

(11/29 有識者と専門家との区別が混乱していましたので部分的に修正い

  たしました。また、「有識者会議」とは正確には「天皇の公務の負担軽

 減等に関する有識者会議」のことです)

 

 ここもとの「有識者会議」が行った専門家へのヒアリングを新

(読売)で読んの感想を述べてみます。

 私は、専門家と言われる人の多くには以下の認識が欠けている

のではないかと危惧します。それは、天皇制が存続するか否かは

国民が決めるものだという点です。憲法第一条にはこう書かれて

います。『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であ

って、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く』すなわ

ち、天皇が天皇であるべき地位は、主権を持つ国民が決める、と

いうことです。「総意に基く」とは、この決定を例えば国民投

によって決める場合には過半数による結果で決める、というこ

でしょう。有識者会議あるいは専門家の意見とは、国民がそのよ

ことを判断する上での参考意見となるということで、それ

上でもれ以下でもないものです。政府の諮問機関とは言え議

の経過を公表するのはその意味に他ならないでしょう。

 従って、今回の生前譲位(譲位と言うか退位と言うかは問題に

しません)を私達国民が考える上では、これを決めるのは自分達

なのだという意識を持つことがまず第一に重要な点です。有識

会議あるいは総理大臣(内閣)が決めることを私達は見守ってい

ればいいわけではないのです。有識者会議あるいは総理大臣(内

閣)が決めたこが私達の意識(意向)と異なる時は、はきり

と「No(違う)!」と言わなければならないことであり、今ま

で表立って総選挙でも取り上げられたことのない次元のことなの

です。くどいようですが「日本国民の総意に基く」とはそういう

ことです。その意味で、今回の天皇譲位の問題は、憲法の条文が

試されるものだと言っても決して大袈裟ではないでしょう。

 今年の8月に、今上天皇の示されたお言葉(ご意向)は<象徴

としての天皇の職責を今後も十分果たしていくためには年齢的、

体力的にすでに限界に近く、この地位を次の立場の者に譲ること

ができるような制度を考えてもらいたい。これは自分の代だけの

ことではなく、今後も続く制度として作ってもらいたい>という

内容であったのは間違いありません。天皇という地位の「生前で

の譲位」の制度を国民に考えてもらいたい、と言われたのです。

 今回(2回目)の専門家の意見においては、「摂政の設置で

応」(渡部昇一)、「高齢条件に生前譲位を認め皇室典範を改

する」(岩井克己)、「国事・公的行為の軽減を図る」(笠原

彦)、「退位は認めるが皇室典範の特例法で対応」(石原信雄)、

「摂政でなく国事行為の委任(臨時代行)で対応」(今谷明)、

さらには「天皇は存在して頂くだけでよく、祭祀を行ない、国民

のために祈って下さるだけでいい」(櫻井よしこ、渡部昇一)や

「天皇が退位すれば上皇ができその地位が天皇を脅かす」(今谷

明)という意見まであります。細かく見れば、これは“百家争鳴”

の様相を呈していると誰もが感じたのではないでしょうか。

 あとは今月末に憲法学者等からの意見をまって専門家の意見が

出そろうことになるようですが、現状までのところでは、「皇室

典範を改正して生前譲位が可能とする制度を作る」という考え方

は少数意見となりそうな雲行きで(今回では岩井克己氏のみ)、

これは明らかに先の天皇のご意向にそぐわないものです。これに

対し、今までの世論調査(マスコミによるアンケート等による)

では、国民の80%~90%が天皇のご意向を汲んでの(皇室典範改

正による)生前譲位に賛同しています。なぜ国民の大多数の意見

と有識者、専門家達の意見とがこうも掛け離れるのでしょうか。

そもそも文字通りの「生前譲位の専門家」など存在してなかっ

と思われますから、私達国民と有識者、専門家達とはスタートラ

インは横一で同じであり、判断力上の優劣などあってないよう

なものだと言っていいでしょう。そもそも有識者、専門家達も国

民であるのに、なぜこれだけの意見の乖離が生まれるのか不思議

ですが、私は次のようなことも原因かと考えてしまいます。

 有識者、専門家に指名され生前譲位に関する意見を述べる立場

に置かれた人は、自分の地位、立場というものを意識的、無意識

的にも感じてしまい、自分本来の正直な感想とは別に、誰かに問

われても言い返せる形式ばった理屈を構築し、それを自分の意見

として持とうとした結果から発した意見であったのだろう。つま

り有識者、専門家各々の職歴・経歴の中でこれまでの学識活動、

 著作活動、政治的活動の延長線上で矛盾のない意見としなければ

 ならないと考えたということです。それは当たり前だと言うかも

 知れませんが、どんな人間でも、特に公的な場で自らのプライド

 にも関わる案件に取組むこととなる場合には、本音とは微妙に異

なる意見を表明してしうものだという点は否めないのです。典

 型例で言っても、戦内閣の御前会議や軍事作戦会議などを筆

 頭に、最近の不祥事覚している大企業の経営会議などと枚挙

 にいとまがないでしょ(その会議で真に本音が戦わされていた

 ならば、無茶な戦争や業不祥事は回避されていたのではないで

 しょうか)。

 それと、今回の生前譲位の問題が表面化して以降、私にはマス

コミに登場する有識者、専門家達の多くに“制度の大きな変更”

を厭う姿勢が感じられてなりません。彼らだけでなく殆どのマ

ミも同調しているように見受けられます。いわく、「皇室典

改正は大ごとだ」「皇室典範をいじれば芋づる式に問題が波

る」‥‥など、何も手も付けもしないうちから“大変なことだ、

とてもできない”と言う意見を強調するのです。私はこの改正が

極めて簡単なことだとは言いませんが、それでも芋づる式に問題

 が出るのであれば、逆に芋づるという道がある訳で、優秀な人手

さえかければ改正は難なく出来るものだと思います。要するに事

に就く人材の問題であろうと思います(例えば、今の日本国憲法

 20数名のアメリカ人の若手を多く含むスタッフにより一週間余

 りで作り上げられたという事実を思い起こせばいいでしょう)。

また、今回のヒアリング意見とは別に「日本の長い歴史的な天皇

制の消滅に繋がる」などという極論も出ていますが、今の制度の

ままで天皇制の存続が果たして確約できるのでしょうか。考えた

くはありませんが、例えば将来、宮家(天皇家)がこぞって天皇

の継承を拒否した場合、天皇制は維持できるのでしょうか。宮家

の基本的人権と天皇の地位との憲法上の争議など絶対に起こらな

いなどと言い切れるでしょうか。そして、今まで以上に国民の前

 面に出てこそ天皇の象徴性を国民は感知できるのであり、宮

 奥所で祈っていて頂くだけでいいなどとは時代錯誤の“大たわけ”

甚だしく、本当にそんなことになば国民にとって天皇の存

はまったく薄れ、天皇の“象性”すら危うくなるのが時間

題となるのは火を見るより明らかでしょう。‥‥ともかくこの

題では、小手先の弥縫策(例えば特例法や摂政の設置)で乗り

えようなどという対処は決してしてはならないことが肝要だと

います。

 先の今上天皇のお言葉は、今が、以上のような点を念頭に置い

て国民が考えるべき千載一遇の機会であることを、天皇自らが示

されたものであり、従って私達国民は、わが国の天皇制の歴史の

上で大変重篤な局面を迎えているのだという認識は絶対に欠いて

ならないと思います。

 

 

スナップは横浜旭区の「大池公園(こども自然公園)」でのものです。

1 2 紅葉が見事です

 

3 4 ツツジの狂い咲きです

5 6ガマズミの実です

7 カンナは咲き終わっていました

8 楢の木の蔦も紅葉しています

10駐車場の公孫樹

 

 

 

 

 

2016年11月14日 (月)

アメリカ大統領選―その2―

 まれに見るアメリカ大統領選挙(トランプ劇場)は終わっ

 たのですが、どうも後味が良くありません。当のアメリカ国

では選挙結果を拒否するデモや騒動まで起こるありさまは、

中東や世界各地の発展途上国で見られる政情不安を連想させ

るほどで、民主主義のリーダー国を自認してきたアメリカは、

もはや凋落の憂き目を見てしまったのでしょうか‥

 しかしながら、まずは来年1月のオバマ政権からトランプ

権への正式なバトンタッチ・新政権発足を経てからでなけ

ば何も評価できるものではないでしょう。れっきとした民

的な選挙により新大統領が誕生し、これからその新政権の

治がスタートするのであって、しかもそれは政権与党が民

党から共和党へ交代しただけで、クーデターが起こったわ

でもなんでもありません。今までと少し資質の異なってい

(かも知れない)大統領が着任するだけのことです。現オ

マ大統領の誕生の時も初めてのアフリカ系人種の大統領就

ということで大きな変化でしたし、またその点を大いにア

ールして(“change”をキーワードにして)選出されたの

まだ記憶に新しいでしょう。そしてトランプ氏が選挙戦で

げた、異国民の流入規制、他国への軍事支援の見直し、貿

政策の見直し(TPP撤退)、医療改革etcはいずれもどこま

現実に実施されるのかは不明なものばかりです。つまり、

べて“さあお手並み拝見”と言う以外にないものです。

 とにかく、新たなトランプ政治をスタートさせアメリカの

内外の具体的な政治案件に実際に取り組みだしてから色々

起こってくることを見ないことには良くも悪くも何も言え

いのです。何もしていない今の段階で、あれこれ邪推して

ーだこーだ言うのはまったく意味がなく無益だと言ってい

と思います。従って、新政権スタート後半年、1年と実績

重ねられて行き‥‥まあ2年後の中間選挙の時が最初の評

らしいものが下されると言えばいいでしょう。

 ですから今までマスコミ等で喧伝されているような“トン

モナイ”ことをトランプ政権が打ち出しても(その可能性

小さいと私は思いますが)、いちいち右往左往するような

応だけは安倍政権はしてしまわないことが肝要なのであり、

そう願いたいものです。

 

 

 あと、短歌を五首ほど。

 

<橋は消え干天の慈雨を希(こいねが)う

 赤き大地の情弱の民>

 (トランプ劇場を見たときの感想)

 

<チョコちゃんと呼んでちょうだいうちの犬(こ)

 可愛いですね(コンチクショウ)>

 (ご近所の犬の散歩に遭遇して)

 

<サラリーマン 毎朝同じ時、所 同じ向きして 

 歩いております>

 (本歌は、石川啄木の「人がみな 同じ方角に向いて行く。

  それを横より見てゐる心。」)

 

<毎度まいど頼りになりますウィキペディア

 今うつそみの水か空気ぞ>

 (最近ますますウィキペディアへの依存度が上っています)

 

<朝市でおでんを買って持ち帰るそれで酒飲み

 夜まで寝入る>

 (珍しい朝市に出かけたら結局この体たらく)

 

 

後からになりましたが、スナップを添付いたします。

寒いので室内に入れようとしたブーゲンビリアに女郎蜘蛛が

巣を張っていました。

室内のテーブルに2㎝くらいのバッタが止まっていました。

Dsc_4456 Dsc_4455

Dsc_4449 Dsc_4452

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »