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2017年3月23日 (木)

憲法の「象徴」について―その3―

  憲法条文としての「象徴」の不適切さを引き続き述べてみます。

「象徴」という言葉にもちろん罪がある訳はありません。これを

憲法条文に使うことが、その使われ方が不適切だと思うのです。

前回ブログでくどく説明した通り「象徴」は極めて抽象的な言葉

です。もともと日本語にはなかった概念でしたが、中江兆民(18

471901)がその訳書「維氏美学」(1883年刊)でフランス語sy

mboleを訳出したのが始まりとされています(広辞苑)。19世紀

 半のフランスで起こり、そして象徴主義、象徴派の名のもとに

主に詩の世界で使われ、ある意味で一世を風靡した言葉といって

もいいでしょう。しかしそれはあくまでも詩、絵画、音楽という

芸術文化の世界で一世風靡した言葉(概念)だったのであり、日

常言語としてはほとんど使われなかったものだろうと思います。

一方政治的にはその時代の日本は、世界の列強国の動きに対抗す

るように世を挙げて他国との(植民地争奪)戦争に突入していき、

あげくに太平洋戦争で悲惨な敗戦の憂き目を見たのは既知の通り

ですが、その敗戦後にGHQ統治下で作られた新しい憲法に「象

徴」という言葉が登場するなどと、当時の日本人は夢にも思わな

かったに違いありません。憔悴しきって生き残った一般国民はも

とより、政治を主導した軍人・政治家から著名な文化人に至るま

で、それまで現人神(あらひとがみ)であった天皇を憲法で「象

徴」と位置付けるなど当時の日本人には絶対に発想できなかった

ことであろうと確信をもって言えます。

  ではどのようないきさつで憲法に「象徴」表現が導入されたの

 しょうか。それは、もう言うまでもなく、マッカーサー主導の

とでGHQアメリカ人スタッフによって新憲法草案が策定され

ことによります。その時に、天皇を「象徴(symbol)」と規定

る考えは早い段階で固められたものと推定されます。つまり日

に天皇制を残すことを決めると同時に、それは「象徴」として

天皇とすることを決めたということです。それは、それまでの

本人の脳裏から現人神(あらひとがみ)という天皇の神格性を

 100%払拭しようとするためであったことは今なら容易に想像が

きます。天皇の「人間宣言」もそれとセットのものだったはず

す。アメリカが、戦後の日本をアメリカの考える新しい「民主

義国家」に生まれ変わらせる第一歩目として行なった統治指導

新憲法の策定であり、そこにおいて天皇を「日本国の象徴であ

日本国民統合の象徴」と規定したのです。ところがそれは、前

ブログでも述べましたように、何ともピンと来ない(腑に落ち

い)ものだったと言わざるを得ないのです。これはアメリカの

わば“お節介(あるいはお為ごかし)”なのであり、わざわざ

皇に「象徴」という言葉を冠することなど不要だったと言って

いでしょう。なぜなら、現在の日本人にとって天皇=象徴が腑

落ちないのと同じく、戦前の日本人にとっても天皇=神という

のに本音(本心)のところでは腑に落ちなかったであろうこと

容易に想像できるからです。

富国強兵策の精神的バックボーンして、天皇の神格性を時の

政府が強圧的に国民に刷り込むことを行なったのは、明治憲法が

施行され、教育勅語も発布された1890 年から太平洋戦争直前の

 1940年頃までのほぼ50年間のことだったのであり(わが国の長い

「天皇制」の歴史において、こんな異常なことをしたのはこの時

代だけです)、その間の日清戦争、日露戦争、日中戦争そして太

平洋戦争へと進む、事実上の戦時体制下という世相が続く中にお

いては、一般国民がこれに真正面から異を唱えることなどまず不

可能なことだったでしょう。大多数の人は無難にそれ(現人神)

を“信じようとした(あるいは信じるふりをした)”ということ

ではなかったでしょうか(中には心底信じる人もいたかも知れま

せんが)。これがもし、「天皇制」の歴史とともに日本人一般の

心性の中に現人神信仰というものが真に根付いていたのであれば、

新憲法が「天皇=象徴」と規定し直したところでその実質が変わ

ることなどなかっただろうと思います。しかし戦後に全国民の間

で何らの混乱もなく(腑に落ちないにしても)この変更が受け入

れられたという事実は、もともと現人神信仰などなかったことを

示していると言っていいのでしょう。

 

 

 

あと短歌を4首。

 

 

<憲法の「象徴」の語に顕れし

                   紛ふ方なきアメリカ気質>

 

 

<をちこちに園児の黄服の見え隠れ

                   平戸の森に声がこだます>

 

 

<日が射せば麓の空気はふくらんで

                   鳶は螺旋に雲居にきえる>

 

 

<たいがいはググってみればそこにある

               重たいものを動かさなくても>

 

 

 

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コメント

こんにちは
少し寒の戻りがありヒンヤリと暖房器具なしではいられないです(;'∀')
大概はネット検索で事が済む時代に成りました(;^_^A
十年・二十年と大きく変わっていくのだから
改革の時が来ているのではないでしょうか
今後の世の中はどんなふうに変わっていくのでしょうね
三十年後何がどうなっているかな

na noriさん
世の中に、変わること、変わらないこと、変わってもらいたいこと、変わってもらいたくな
いこと、変わりそうで変わらないこと、変わらなそうで変わること‥‥と色々あります。
憲法の内容もこれらすべての性格を持っていると思います。社会は生き物ですから変
化し、その社会の規則である憲法も変化すべきところは必ずあります。どれを変え、ど
れを変えてはいけないか、それを決めるのはその時その社会にいる人間だと思います。shinethink

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