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2017年3月30日 (木)

憲法の「象徴」について―その4―

 これまで憲法条文としての「象徴」の不適切さを述べました

が、では今すぐこの条文の文言を変えろと言ってこれが簡単に

できるとはもちろん思いません。憲法九条の改正議論が出ても

う久しいですが、これを党是と掲げる与党の自民党ですら70

間も事実上手つかずの有り様ですから、もっと重要なことであ

る第一条の改正など今あるどの政党も手を出さないどころか口

にすらしないだろうと思われます。それと何と言っても国民が

この「象徴」の変更を考えることができるかということがあり

ます。心の奥底では腑に落ちないにしろ、表向きにはすっかり

馴染んでしまった「天皇=象徴」という決め事を、戒厳令など

経ずして、いったん白紙に戻すことなどできるだろうかという

ことです。

 そもそも現在でも、前回述べたような現憲法の制定経緯は正

式に(国家的に)認知されてはおらず、義務教育の中でも習得

項目とはなっていません(こうなったのはGHQの方針と政

の“沽券にかかわる”という意識の合算の産物なのでしょう)。

従って、大多数の国民は現憲法は終戦後に100%日本政府の手に

よって制定されたものと信じているのではないでしょうか。手

続き上では確かに戦後の日本の国会で発議され、公布され施行

されました。しかしそれは形だけで実質的に(ここでは紆余曲

折の詳細は省きますが)一連の事を主導したのはGHQで、憲

法草案を作成したのもGHQです。そして、日本語に翻訳され

部分的修正を加えながら現在の「日本国憲法」となったのです。

今は「ネット検索」により誰でもこれを知ることができます(

例えば「憲法制定経緯」と検索すれば数多くの詳細解説が出て

きますので、これを納得がいくまで目を通せばいいでしょう)。

幸か不幸かもはやこのようなことは隠し続けることができなく

なったのです。政府当局がこの辺の事実を見て見ぬふりをし続

ける限り、義務教育はおろか高等教育でも20世紀以降の日本の

歴史がまともに説明できないという非常に奇妙な状態は終わら

ないと思います‥‥もう20世紀はとうに終わってしまっている

にもかかわらず。

 ともかく、あと何年先になるのかは分かりませんが、この憲

法の制定経緯というものが普通の知識として社会に定着したあ

かつきにおいて、「直すべきものは直し、残すべきものは残す」

という態度を基本にして憲法の見直しをしなければならないだ

ろうと思います。そして、私のこのようなブログは、この見直

し作業が始まる道に至るための“狼煙(のろし)”のようなも

のであればいいと思っています。

 そして最後に、誤解されてはならないので敢えて言っておき

たいことがあります。それは、上に述べたいきさつをもって、

現在の憲法は“アメリカに押し付けられた”とするのは至当で

はないであろうということです。なぜなら戦後この新憲法が公

布された時に、国民の大多数が懐いた感情は“これを歓迎する”

というものであっても、“本心では拒絶したい”というもので

はなかったからです。この新しい憲法に対しては“押し付けら

れた”のではなく、むしろ“作ってもらった”という感懐こそ

が当たっていたと言って間違いないでしょう。はからずもこれ

を裏付ける証拠のような話が、昨年8月にアメリカの大統領選

挙の最中にありました。民主党のクリントン候補の応援演説を

するバイデン副大統領(当時)が共和党のトランプ候補に対し

て「我々(アメリカ)が日本の憲法を書いたということも知ら

ないのか、学校で習わなかったのか」となじったのです。横に

は笑ってこれを聞くクリントン候補の姿がありました。これは、

このことがアメリカのエスタブリッシュメント(政治的リーダ

ー層)の共通認識であることを物語っています。つまり、日本

人の“憲法を作ってもらった”という意識とアメリカ人の“日

本の憲法を作った”という意識はぴったり符合しているという

ことです。これが憲法制定時の事実であったにもかかわらず、

この後2030年してから“あれは押し付けられたものだ”と一

部の保守勢力が言い出すことは、潔さとまったく正反対の“た

ちのわるい言いぐさ”と言うしかないものでしょう。このよう

なところから本当の改憲論など期待する方が無理というもので

す。自民党の「70年間手つかず」の事情の背景には、このよう

な性格の一面があるからに他なりません。

 

 

 スナップは近所を散歩中に撮った花です(ハクモクレン、

コブシ、ヤマブキなど)

2

1ピンクのコブシは少し珍しい

4 3

 

 

 

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コメント

こんにちは。
憲法が改正されても天皇に関しては何も触らないと思います。変わるのは自衛隊の活動に関してが、主だと思います。アメリカが二度と日本が軍事力行使をさせないように窮屈な法を作ったのですが、今はアメリカもこの辺に困ってるのではと、思います。
もう木蓮が咲いてるのですね。今年はまだモクレンを見てません。

nobunagaE.Tさん
今日は。コメントありがとうございます。私は今上天皇ご自身こそが、天皇の「象徴」表現で一番苦しんでいらっしゃるのではないかと思います。もちろん天皇は、今、日本で最も憲法を尊重されている方と言ってもいいので、これを変えてくれとは微塵も思ってはおられないと思いますが。‥‥ただ、どれだけのことを果たせば「象徴」の務めを全うするのかはどこまで行っても不明で不確定です。憲法の条文にこのような抽象的で曖昧な文言を使うのは、(アメリカの意図は意図として)害あって益なしだと思います。

こんにちは
今日は雨で週末も冷たい雨が降るそうです
ご自愛くださいね
改正をしても、反対意見を述べる方々が当然のように大きく批判をするのでしょうね
結局はこうなったのはあの時こうなったからだと
言論を繰り返す政治にも正直聞いているのが嫌になるときが多々あります
内容は全く違っていても、それを繰り返していくから
大きなことはなかなか変わらないのかな
天皇が辛そうで可愛そうだと昨年から思うようになりました。

na noriさん
今日は。今年度の末日は菜種梅雨もようとなりましたね。新年度からカラッと変わって
くれますかね。政治も首相以下全員首のすげ替えをしてもらいたいですね。森友という
実に品のない学校に首を突っ込むような人を総理にまつりあげ、それを必死に支える
のに汲々とする連中に、憲法や天皇制の行く末など考えてもらいたくはないですね。┐(´д`)┌ヤレヤレ

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