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2017年10月

2017年10月17日 (火)

偶然短歌

 ご存知の方もいると思いますが、昨年(2016年)夏に「偶然

短歌」(飛鳥新社)という本が出版されました。著者は「いな

にわ せきしろ」と名乗っていますが、これは「いなにわ」と

いうプログラマーと「せきしろ」という作家の二人が組んで作

った本です。それは、インターネット百科事典「ウィキペディ

ア」を使って適当なキーワードを検索し、ランダムに抽出した

文章の中に偶然、5‐7‐5‐7‐7リズムがあり、31文字の短

歌的定型があてはまる文章部分が数多くあることを発見したこ

とがきっかけだったのです。そしてこの短歌的定型があてはま

る約5,000個の文章から精選した100個(100首)を「偶然短歌」

と名付けて発表したという体裁をとった本なのです。

 例えば、「セーラー服」を検索することにより「艦長が自分

好みの制服を艦の資金で誂(あつら)えていた」という偶然

歌を切り取っています。そしてその解説が、「プログラムに

り切り取られてきた短歌は、艦長の公私混同ぶりと、趣味趣

を強調するものであった。艦長にとってはいい迷惑かもしれ

い。」といった具合です。‥‥これだけなら単なる“面白半分”

の域を出ませんが、この本を読んだ本物の歌人が興味を寄せ、

短歌月刊誌等で話題にしたものを私はたまたま目にして、すぐ

に書店でこの本を購入したのです。

 今のところ、この本に対する短歌界での位置付けは、「悪法

も法なり」という言い方を借りれば、「偶然短歌も短歌なり」

という程度の扱いでおさまっているように見えます(完全に黙

殺される可能性もあったでしょうが)。しかしながら、短歌を

始めてまだ三年足らずで短歌習熟度の浅い私のような短歌素人

にとって、この本は心のどこかを触発し、勇気を与えてくれる

効果があったのは事実です。つまり、それは伝統的な短歌の

「本質」に則っているなどとはとても言えないのかも知れませ

んが、短歌というものの一つの「切り口」を教えてくれたとい

う気がしたのです。それは5‐7‐5‐7‐7の短歌的定型がそれ

なりに人に伝える内容を持ち、少しでも感興をもたらすものを

持っていれば、そうした“無手勝流”で作ったものを「短歌」

だと言って出してもそう恥ずかしくはないだろうという意味で

す。これを素人の居直りと言われればそれまでで、またこれが

短歌の発展に寄与するものか甚だ疑問ではありますが。

 

今までに偶然短歌的センスで詠んだ歌を幾つか載せておきます。

スナップは半月ほど前に鎌倉山を散策した時のものです。

 

1 小さく江の島が見えます

5 好天ならこの方向に富士山が見えます

2 4

6 何だか怪しい雲行きなので

7 急いで七里ガ浜の街に出て

8 本当の眼目の飲屋に着きました!テリー伊藤などもたまに来るそうです。

 

 

 

 

<十本に七本くらい傾いて立つ

             戸塚区の電信柱>

 

<世のなかに雑草という草はなく

          雑魚とよばれる魚もいない>

 

<星川のホームセンターコーナンの

            駐車場へは信号左>

 

 

<このバスは地球環境にやさしい

        アイドリングストップバスです>

 

<手荷物は身近に置いて離さずに

         置引きなどに注意しましょう>

 

<改憲の必要性の有無(ありなし)

         二十五日に議論すること>

 (注:二十五日は「有無の日」)

 

<われ思う故にわれありそのあいだ

         山にこもっていたわけでなく>

 

 

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