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2017年11月 7日 (火)

裸の王様の憲法 (憲法改正について)

 

〈墓石さん〉へのコメントが削除さてしまいましたので、私の

ブログとしてほぼ同じものを掲載いたします。私にとって憲法

改正というテーマは見過ごせないものですから。

 

〈墓石さん〉の仰るとおり、憲法改正の焦点は第九条の条文を

どう改めるかにあり、教育の無償化等は付け足しに過ぎないの

は間違いありません。何といっても自民党が戦後70年間も言い

続けてきたのは第九条の書き直しのことだったのですから。た

だ私は以下の点で墓石さんとは異なる見解を持ちますので、要

点だけに絞って述べさせてもらいます。

 

 アメリカが日本に憲法改正を要求したことはない(この要求

が事実であることを示す具体的な証拠がありますか?)。日本

の民主化と非武装化を重要な眼目とした日本国憲法の原案を作

り、概ね狙い通りの憲法が成立したのを見届けたアメリカは、

ソ連を始めとする共産主義勢力からの日本の防衛のために日本

の各地に軍事基地を設置し「日米安保条約」でこの防衛体制を

担保した。その後朝鮮動乱を機に警察予備隊(後の自衛隊)を

作らせ(要請ではなく指導です)、曲がりなりにも日本に軍隊

が誕生します。この時に憲法第九条との矛盾(齟齬)も生じた

と言えます。後々日本に憲法改正を要求するくらいならこの時

に条文改正をさせたことでしょう。サンフランシスコ講和条約

後に日本は形の上で独立国に復帰したと言っても事実上のアメ

リカ支配下にあったのですから、アメリカがそうしようと思え

ば難なくできたはずです。従って、アメリカは敢えてそれをし

なかったのだという以外にないでしょう。それは日本を二度と

軍事強国にはしたくなかったからでしょう(日米戦争のアメリ

カ側から見た教訓と言えます)。これは、今に至るも変わらな

い、アメリカの基本的なスタンスと言っていいでしょう。逆に

言えば、「日米安保条約」のシステムの上にあってほぼ自由に

軍事活動ができるアメリカにとって憲法九条は今のままで何ら

痛痒を感ずるものではないのが事実でしょう。アメリカが日本

に憲法改正を要求する理由などないのです(本当にこの要求が

あるなら、歯に衣着せぬトランプ大統領がこれを言わずにいる

訳がありません)。

 

 では日本にとって、憲法第九条は改正すべきなのか、すべき

ではないのか。ここで敢えて条文を示してみましょう。

 『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希

し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前

項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持

しない。国の交戦権は、これを認めない。』(漢字のルビ省略)

‥‥この“美文”に対して学者のやる解釈論などまったく不要

です。義務教育を受けた普通の日本人なら、この条文は《日本

国民は平和を求め、軍隊を持たず、戦争はしない》ということ

だと理解するはずです。シンプルで明快であると言ってもいい

でしょう。‥‥では、これが日本という国を統べる規範となる

条文である、と言えるものでしょうか。今に始まったことでは

ありませんが、日本を取り巻く近隣の国は不穏な動きをする国

ばかりです(どこの国がどうと言う必要もないでしょう)。そ

の時どの相手に対しても、日本はこの九条に基づいて《日本国

民は平和を求め、軍隊を持たず、戦争はしない》と主張すれば

相手はおとなしくしてくれるでしょうか。「え!冗談じゃない

!!」と誰でもが言う話でしょう。

‥‥まったくのところ、こんな冗談が現実化しないでいるのは、

自衛隊と日米安保条約が存在するからです。これが紛れもない

事実です。‥‥それではもう一度言います。これが日本という

国を統べる規範となる条文である、と言えるものでしょうか。

‥‥誰もが本心では「違う」と思っているのにそれをはっきり

口に出さない‥‥これを『裸の王様』と寓話で言います。そう

です、私は本心から『第九条=裸の王様』であると思います。

嘘つき状態の条文であり、国を裸に曝す条文であるという二重

の意味で『第九条=裸の王様』なのです。私は王様を見た子供

と同じように“わーい、王様は裸だ!”と叫びたいと思います。

そうした上で、王様に着せる服のデザイン(改正条文)を皆で

話し合うことを願うのです。

 

 

スナップは近所の公園の山茶花です。あと「九条」題の短歌を

 5首ほど(再掲載もあります)。

 

 

1 2

3 4

 

<九条は九条教を生み出しぬ 

            その条文は呪文のごとし>

 

<いつまでも平和の信徒に傅(かしず)かれ

              裸の王様裸のままで>

 

<憲法を長きにわたり放置して

          何かを犠牲に何かに盲(めしい)に>

 

<九条をやれな論じそ酒飲みて

        酔(ゑ)ひ泣きのみぞまさりけるかも>

 

<改憲の必要性の有り無しを

       浮塵子(うんか)のごとき議論をなすべし>

 

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心と体」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
ただ一言「その通りです。」

今日は。
字が小さくて申し訳ありません。時間を作って直します。

こんにちは
お久しぶりです

秋も深まり、冷え込みも段々ときつくなりますね
今年の風邪は長引くようで治るのに時間がかかりました💦
皆空さんご自愛しお過ごしくださいね

日本の事を論するのは難しく
コメントも消されてしまうのですか(-_-;)

紅葉の時期ではありますけれど、
今年はこちらは、イマイチ綺麗ではなさそうです
白い山茶花が綺麗ですね~

今晩は。
私にも以前、記事を“揶揄”するコメントが特定の個人から続けて入ったことがありまし
たが、単なる揶揄(ヤジと同じ)なので、事前チェックの仕様を取り入れ、そのようなコメ
ントは掲載しないことにしました(今でも)。‥‥今回私は揶揄のつもりは全くなかった
ので、削除されるんなら自分の主張として自分のブログに載せたのです。
九条は今の文言はすべてご破算にして、日本の軍事姿勢として、今後数百年通用す
るような条文を作り直すべきだと思います。「平和」、「反戦」は憲法前文だけでよく、
まして「非武装」を憲法の条文として書けば(これが規範であれば)、有事の時に何の
対応も出来ないので、国が成り立ちません。憲法は理想を謳うものではなく、現に
起きる問題に対処する規範(最高の判断根拠)なのですから。
あの聖徳太子の「十七条の憲法」は理想ばかりでしたから憲法として機能しませんで
した。結局その後に制定された「大宝律令」によって日本に初めて法治国家の形が
生まれた、という歴史的事実を思い起こすべきでしょう。

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